6月27日、東洋経済オンラインに、「”有名校長”が去った後どうなった?公立の学校改革は難しい、『大胆』だけではない本当に必要な視点」という記事が掲載された。東京世田谷区の区立桜丘中学校の記事である。この学校は、校則・制服・チャイムの廃止、定期テストや宿題の廃止、授業に出ない自由も認める、そんな常識破りの改革で有名になった学校である。これを実践したのが、西郷校長だ。詳しくは、下記のURLで読んでほしい。
https://toyokeizai.net/articles/-/948772?display=b
読んでいて面白かったのは、校則に関する記事だ。きっかけは、「なぜ靴下の色は白でなければならないのか」ということらしい。校長が教員に聞いてもまともに応えられないのだ。その根拠などは無いのが普通だ。中学校の時代、自己実現と言っても、中々できるものではない。自我が芽生え、他人と自分を区別するために、何から始めるかと言えば外見なのだ。髪型を変えてみたり、Yシャツの下にバックプリントの入ったTシャツを着てみたり、そんなことをやりながら、自分のアイデンティティの確立に向けて中身を充実させていくのが10代である。このように外見に拘るのは、中学生の通過儀礼のようなものなのだ。
高校の教員、管理職を経験して国立行政法人の附属中学校に赴任した私も西郷校長と同じような感覚を覚えた経験がある。それが、これである。
「自分のクラス以外は入ってはいけない」
最初は、そんなルールがあることにも気づかず、廊下を歩いていたが、あるきっかけで知ることになった。「?????」の連続だったことを覚えている。理由は、記事にもあるように、教員が生徒を管理するための単位がクラスであり、ほかのクラスの生徒が自由に入り込んでくれば管理しにくい、ということだ。
こんなルールがあると、教室にはいたくない生徒にとっては、学校のどこにおればよいのかということになる。保健室や図書室にいけば、「友達がいない子」とみなされるだろうし、そこまで学校がしんどいわけではないけど、クラスや教室にいるのがしんどいと思う生徒が、他の教室で友達を見つけても良いではないかと思うのだ。
高校には全くそのようなルールは無かった。当たり前のようにこのようなルールを受け入れてきた生徒や、生徒に強いていた教員の感覚に違和感を持ったことを覚えている。今はどのようになっているのだろう。

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