朝日・毎日よ、論点をすり替えるな!


 5月23日の朝刊は、(日経以外)いずれの新聞も同志社国際高校の辺野古での生徒死傷事故に関する文科省の断罪と言って良い通知が取り上げられていた。いつもは、読売新聞だけを読むのだが、今日は各紙がこの問題をどのように報じているのかを読まなければならないと思い、朝食後にコンビニで朝日・毎日・産経を買った。

 読売新聞のタイトルは、
「辺野古研修『内容偏り』」「文科省 教育基本法に違反」である。社説も掲載されており、「安全も中立も欠いた平和教育」というタイトルで、今回の同志社国際高校の安全管理の問題、平和教育の在り方を厳しく批判している。ただ、社説の最後に、
「この種の手法が乱用されれば、現場は萎縮し、豊かで個性的な教育は成り立たなくなる。適用は抑制的であるべきだ」
と記している。言われるまでも無いだろう。文科省も教育基本法が制定されてから初めて政治的中立性に関する違反と結論付けたのだ。異例中の異例だ。それほど、今回の同志社国際高校の研修で実施した平和教育が偏向していたということだ。

 産経新聞のタイトルは、
「辺野古平和学習『政治的偏り』」、3面には「偏った平和学習警鐘」と修学旅行の中身を重視した書きぶりになっている。基本的立場は、読売新聞とあまり変わらない。

 大きく違うのは、朝日新聞と毎日新聞だ。トップのタイトルは、それぞれ
「辺野古学習『政治的中立欠く』」(朝日)「辺野古学習『教育基本法違反』」(毎日)
だが、朝日新聞は同じトップに「教員に萎縮広がる懸念」、同じく毎日新聞も3面に「教育現場萎縮の懸念」という大きな見出しを付けて、文科省の今回の通知に対して批判的立場をとっている。毎日新聞は平和教育を推進する現場教師の懸念を掲載し、朝日新聞は自民党文教部会の動きを掲載することで、文科省の中立性批判に対して、文科省こそ中立性に反しているのではないかと言わんばかりの記事を掲載している。いやらしい記事の書き方だ。この記事の内容に関して、文科省の官僚が、
「(特定の政党や政治家への)忖度は一切無い。安全対策の不備も教育内容の偏りも、すべて学校のずさんさに起因すると言える。」
と明言している。朝日新聞や毎日新聞の方が、ヘリ基地反対協議会に忖度しているのではないか。今までこの問題を積極的に報じなかったのは、どこのマスメディアなのかと言いたい。

 さて、許されないのは、「教育現場に萎縮」という言葉を使って、論点のすり替えを行っている2紙の論調である。今回の文科省の教育基本法違反という判断は、
「事前・事後学習を含めて様々な見解を十分に提示せず特定の意見や考え方に偏っていた」(朝日新聞より)
ということである。辺野古のヘリ基地の問題を取り上げるなとは言ってない。まさにこのヘリ基地の問題は、沖縄の抱える問題の象徴であり、平和の在り方、言い換えれば安全保障の在り方の問題の象徴でもあるのだ。高校生が、このようなリアルでオーセンティックな問題を学習することは、政治教育という意味でも重要である。
 「問題は、様々な見解を十分に提示する」ことなのだ。文科省は、辺野古の問題を取り上げるなと言っていない。様々な意見があることを生徒に学ばせろと言っているのだ。まさに、多面的・多角的視点が重要ということだ。

 朝日新聞・毎日新聞は、まるで文科省が平和教育をするなと言っているような印象操作をしている。これが日本の左翼新聞の卑劣なやり方なのである。そんなことは、文科省は一つも言っていない。もう一度言うが、同志社国際高校の平和教育の取組は、多面的・多角的でないことが問題なのである。

 朝日新聞は2面に「被爆者『人により物差し異なる』」という見出しで、政治的中立について、「人によって何が中立かの物差しは異なる」というコメントを載せている。当たり前だろう。100人寄れば100通りの政治的中立についての意見があるだろう。だからこそ、多面的・多角的に多様な意見を生徒は学ぶ必要があり、その過程で、生徒が自分の意見を形成していくのである。

朝日新聞・毎日新聞よ、論点をすり替えるな!文科省は、同志社国際高校の修学旅行での教育内容が偏っている、多面的・多角的でないと言っているのだ。取組そのものがダメだと言っていない!

もう一度、文科省の見解を読め!


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP