暗記勉強の限界


10月10日の読売新聞「人生案内」に、大阪の女子高生からの相談が寄せられていた。入学して初めての定期テストでどの教科も平均点を大きく上回る好結果が出たというのだが、「自分は根本的に勉強が得意ではなく、今は暗記中心の勉強になっている。これでは大学受験に対応できないのではないか」という不安の吐露であった。

回答者は哲学者の小川仁志氏で、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルの言葉を引用しながら、「何事もただ覚えたり、機械的に操作したりするのではなく、その意味を考えるということです」と述べている。まさにその通りなのだが、哲学者の回答はやはり少し難しい。

まず、暗記だけの勉強でも、定期テストには何とか通用する。なぜなら、出題範囲が決められているからだ。その範囲以外からは出題されないため、暗記をすれば一定の得点に対応できる。だが、大学受験はそうはいかない。一応は「高校までの学習指導要領の範囲」と言えなくもないが、その範囲は膨大であり、何がどのように出題されるかなど、山を張ることすらできないからだ。

そこで必要になってくるのが、「深い学び」である。小川氏が言うように、「なぜ?」を考えるところから始めなければならない。私は数学の教師なので、数学を例に挙げたい。正弦定理や余弦定理、順列や組み合わせの公式をいくら暗記しても、その意味や効用を理解していなければ、ちょっとした応用問題にも対応できないだろう。2次関数のグラフと2次方程式の関係もそうだ。グラフの形と解の種類を結びつけて理解していなければ、判別式の本質的な意味も分からないはずだ。

地歴公民についても同じである。歴史を一つのストーリーとして理解していなければ、歴史全体の意味も掴めない。個々の事象の意味を、歴史の大きな流れの中で捉える必要があるのだ。

暗記中心の学習に頼りがちなのは、真面目な生徒に多い傾向がある。しかし、この方法を続けていると、いずれ「学習時間は長いのに成果が上がらない」という頭打ちの状況に陥ってしまう。早く暗記中心の勉強法から脱却し、本質を理解する学習へと切り替えてほしいと切に願う。


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