政治的中立性についての妹尾氏の考え

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 教育評論家の妹尾氏が、文科省が同志社国際高校の平和教育の在り方について、教育基本法違反と認定したことについて、自身の考えを表明された。問題の所在や切り口について、よく整理されている。詳しくは、以下のURLにアクセスしてほしい。妹尾氏の意見について、差し出がましいかもしれないが、自分の考えを述べてみたいと思う。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ef812810dfd20637c7486ad2907b5674c17ee01a?fbclid=IwY2xjawSHAbVleHRuA2FlbQIxMQBzcnRjBmFwcF9pZBAyMjIwMzkxNzg4MjAwODkyAAEe_7K4dXKfdqmIcgzntvuKb1qTxyhdR5BSHjKgLL4G_ENBmGQ0j98ysz1hcZI_aem_WpIcFWsfsskA2dZCtVNinQ

 妹尾氏は、今回の文科省の判断について、大きく次の2点を問題としている。
●教育基本法に定める教育の政治的中立性について、文科省が評価、認定することの適否。
●文科省が教育基本法違反と認定したことは、全国の学校の教育活動を委縮させるとの批判があるが、その妥当性。
上記のURLについては、最初の●の内容について言及している。更に、その内容を2点について細分化している。すなわち内容と手続きに関してだ。
①政治的中立性に反するという評価、認定が妥当なものなのかどうか。
②そもそも、文科省が評価、認定することが妥当なのかどうか。
の2点である。

①の点について、妹尾氏は、
「『小学生などと異なり自分たちである程度判断できる高校生とはいえ、偏った見方を注入している。これが”教育”と言えるのか?』『基地建設に反対する抗議船に乗せていたのだから、明らかな政治活動だ』といった見方も、わたしはある程度理解、共感できる。フィールドワークの一環に過ぎないという反論は疑問だ(そうなら、わざわざ抗議船に乗る必要性は薄い)。ただし、上記のような政府解釈が、教育基本法の趣旨からして、広すぎる(拡大解釈である)という可能性も批判的に検討される必要はある、と思う。」
とニュートラルな言い方をしている。

 私は、今回の文科省の判断は、学校現場への「プラスの批判」だと思っている。つまり、今回の例で言えば、文科省は、同志社国際高校の辺野古についての学習を否定していない。「マイナス」ではなく、さらに多面的・多角的な意見を学ばせる必要があると、「プラス」の批判をしているのだ。これは、妹尾氏が問題設定をしている「萎縮」にも関わるのだが、学校現場は、全く萎縮する必要が無く、平和教育においても論争的な課題、政治的な課題については、多様な意見を学ぶように心がければよいというのが、文科省が示した今回の見解ではないだろうか。

 2点目の「文科省が評価、認定することが妥当なのか」という点について、妹尾氏の見解は、「文科省が認定するという手続きが適切なのかどうかは、別途検討される必要はあると思う。」というものだ。そもそも、文科大臣自体が、政権与党の大臣であるという事から、政治的であるという指摘は正しい。この点を突き詰めれば、そもそも政治的中立性という概念自体が成立しなくなる。教育委員会は、首長から一定独立した期間であるが、教育長は首長が指名するし、さらに予算についての権限は首長が握っている。また、総合教育会議には首長が出席し、自治体と教育大綱について議論をするのだ。改正地教法では、首長の教育への関与が強化されている。教育委員会がいくら独立機関であろうが、首長の政治的影響力が無いわけではない。

 妹尾氏は、木村草太氏のコメントを用いて、「政治家が就任する文科大臣から独立した専門職による委員会で認定するほうが適当」と述べている。妹尾氏の意見もこの意見に近いのだろう。しかし、独立機関とは言え、誰を任命するかは文科省の意向であり、それを決裁するのは文科大臣だ。今回のデジタル教科書に関する中教審での審議は、まさに「デジタルありき」のメンバーが選ばれ、議論が進んだ。独立性の担保が可能かと言えば、疑わしい。それよりも所轄官庁である文科省が行政府として、教育基本法に抵触するかどうかを判断する方が良い。もし、その判断に異論があるならば、司法の場で争えば良いだろう。司法に政治性が無いと言えばうそになるが、それでも三審制の中で、より客観的な法に基づく判断がなされるわけだから、政治的中立性の判断としては現システムの中では最も適しているだろう。

 現在のところ、同志社国際高校及び同志社が、裁判に訴えるという動きはしていない。自らの非を認める形になっている。このような状況で、立憲民主党、共産党、全教、そして辺野古基地反対に関わる様々な団体・個人が、周囲でわいわい騒ぐのはどうかと思う。

今後、妹尾氏の「萎縮」に関する見解が示されることになるだろう。楽しみだ。


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