4月に2冊の新書を読んだ。一つは前にも紹介した「2030年来るべき世界」である。エマニュエル・トッド氏の講演や対談が2/3を占めているが、台湾のオードリー・タン氏の話も掲載されている。もう一つは、ドキュメンタリー映画監督の山崎エマ氏が書いた「それでも日本の小学校に通わせたい」という新書である。それぞれ感想を述べたい。
オードリー・タン氏は、台湾でコロナ禍の時に、デジタルを活用して、いち早くパンデミックを抑えたことで有名である。多くの方はご存じだろう。その彼が提唱するのが、デジタル民主主義である。Googleで「デジタル民主主義」と検索すると、AIが次のように教えてくれる。
「デジタル民主主義は、インターネット、AI、SNSを活用し、市民が政策形成に直接・迅速に参加できる新しい民主主義の形態です。透明性の向上、AIによる議論の可視化、オンライン署名などを通じ、民意をダイレクトに政策へ反映させ、政治の信頼と効率性を高めることを目指します。」
日本でもチーム未来がデジタル民主主義を掲げて、選挙で躍進したことは有名だ。これからの民主主義は、デジタルを活用した直接民主主義的要素が拡大し、よりスピード感を持った政策実現が図られるのではないかと、60代の私はひそかに期待している。
この「2030年来るべき世界」の中で、「オッ!なるほど!」と思ったのが、オードリー・タン氏のAIに関する見解だ。少し抜粋してみたい。
「現在のシリコンバレーでは、AIを特定の個人への忠誠のために訓練することによる意図せぬ結果に多くの人が気づき始めています。CEOや国家指導者、特定の利用者の目的にあわせたAIという意味です。
しかし、AIを特定の個人だけに忠実になるよう訓練すると、別の個人も同様に自分だけに忠実なAIエージェントを所有している場合、協力ではなく両者の分断を助長する可能性があります。」
「つまり、最大の課題は、功利主義哲学のように数値を最大化するのではなく、コミュニティ内のメンバー同士の関係性を健全に保つようAIエージェントを訓練することです。」
(P197より抜粋)
多元主義を掲げるタン氏らしい見解だ。私は、AIというものにどうも懐疑的である。人間の創造力を弱めているように思うのだ。今の若者は相談相手にAIを選ぶという。友達がAIという人まで出てきた。自分に都合の良いことばかりをAIに求めていれば、AIは訓練され、自分に忠実になるというのはまさにその通りだろう。そうすれば、意見が違う人との会話は成立しなくなり、疎遠になり、分断ということになりかねない。すでにアメリカがそういう状態だ。
そこで、タン氏の言う「コミュニティの健全な関係を保つようにAIを鍛える」という発想は極めて新鮮だ。タン氏のこの言葉によって、所詮AIは道具であるということ、その使い方は人間に依拠しているということ、そういったことを再度確認すべきだろう。
タン氏の本について、書いていると量が多くなったので、山崎氏の本については、別の機会に感想を書くことにする。

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