教員評価についての疑問


 7月30日の読売新聞の「声」欄に、「教員評価 地道な取り組みも見て」というタイトルで、大阪府の小学校教員(47歳)から投稿があった。内容は、教員の評価制度について、「年度ごとの目標や数値だけで測りきれるのもではない」という問題提起だ。この評価制度が導入された時によく耳にした意見である。未だにこのようなことを実名入りで堂々と言う大阪府の教員がいることは、ある種の驚きである。

 確かに民間会社のように仕事の成果を数値で表すことは、教育という分野においては容易くない。しかし、大阪府の教員評価制度(評価育成制度という)は、①授業力②生徒の自立・自己実現の支援③学校運営の3つの項目について目標設定を行う。この中で、特に①の授業力については、授業アンケートが実施されているので、明確に数値として現れてくる。
②③についても、「〇〇を行う」と書く教員が多かったが、設定目標は「〇〇を行う」という方針を書くのではなく、その「〇〇を行った」上で、どのような結果が生じるかを書くものだ。この成果指標については、数値化するのは難しいのかもしれないが、何もデータは数値だけではない。数値で表すデータを定量的データというが、そうではないデータもある。感想文やアンケートの自由記述などは定性的データと言われる。この定性的データを分析する技術も進んでいる。テキストマイニングである。このようなデータ分析を使えば、決して「成果を計り切れない」とは言えないのである。

 ところで、教員の評価制度について、2つ言いたいことがある。私が経験した府立高校の制度は、教頭が1次評価を行い、校長が2次評価を行うものだ。今でもそうだろう。しかし、民間で導入されている人事考課制度は、評価対象者は学校の教員ほど多くはない。7・8人から多くて15人前後だ。部下と呼ばれる人たちの人数はその程度なのである。だから、日頃からともに一緒に仕事し、部下がどのように仕事を行い、どのような成果を上げているのかを日々把握している。
ところが、学校は鍋蓋式の組織で、評価権限を有しているのは、教頭と校長であり、厳密には校長しか権限がない。学校というのは小規模校でも30人を超える教職員が働いている。また、校長は日常的に教職員と共に仕事をしているわけではない。日常的に共に仕事をしているのは、学年主任であり、〇〇主任(部長)なのだ。彼らこそ、教職員の働きぶりを最も知るポジションにいるのだ。だから、1次評価を主任で行い、2次評価を教頭、最終評価を校長が行うことが正確な評価を行う上で望ましいのである。

 もう一つは、同僚性の評価である。今の学校は、児童・生徒・保護者からの評価と管理職からの評価の二つが行われている。つまり「上下の評価」である。これに足りないのが「横の評価」つまり同僚の評価だ。この評価があれば、360度評価が行われ、独りよがりの自己評価はかなり防ぐことができる。校長が下す評価にクレームを言う教員のほとんどが、自分の仕事を過大評価していることが多い。自分の姿がきちんと見えていないのだ。自分を映す鏡を児童・生徒・保護者に加えて、もう一つ同僚があると、自らを客観的に観ることができるのではないかと思う。

 ただ、この二つの問題提起については、今の学校制度からすると、「夢物語」にすぎないだろう。


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