岐路に立つ平和教育


 同志社国際高校の研修旅行での平和教育について、文科省が教育基本法の政治的中立性違反にあたるという見解を示してから、平和教育に関する左右からの意見が喧しい。右からは偏向教育という批判がなされ、左派からは「萎縮させるな」と声が上がる。

 参政党の神谷代表は6月23日、沖縄戦没者追悼式への参列後に那覇市内で行った街頭演説で、「日本の平和教育はほぼ意味がない」と発言した。彼の発言はいつも物議を醸すが、彼が言いたいのは、次の事だ。

「軍備を整えないといけないとか、核武装も議論しないといけないと言っているのは、あくまで国民の生命財産、国家を守るため」
「戦争反対をひたすら言っても意味ない。どうやったら戦争に巻き込まれず紛争や核の競争を止められるか現実的に考えよう」

というものだ。彼の主張にも一理ある。しかし、「平和教育に意味がない」というのは、言い過ぎだ。ヒロシマ・ナガサキの原爆投下による悲惨さは、日本人のみが語ることができる。核の使用が人類に対してどれだけ悲惨さをもたらすのか。この事については、日本は世界に訴え続けなければならない。太平洋戦争の激戦地であった沖縄も、多くの民間人が戦争に巻き込まれてしまった。4人に1人の民間人が亡くなったという事実は、戦争というものが狂気をもたらすという意味でも、語りつないでいかなければならない。

 このような戦争がもたらす悲惨な現実については、しっかりと学ばなければならないし、継承していかなければならない。このことの意味は、時の権力者(特に独裁者や権威主義者)が、安易に戦争への「スイッチのボタン」を押させないためにも重要である。プーチン、習近平、キムジョンウ、そしてネタニヤフにトランプも、彼らの戦争に志向しようとする動きにブレーキをかけるためにも平和教育は行わなければならない。

 しかし、神谷代表が言うようにこれだけではダメなのだ。次に重要なことは、どうやったら平和を維持できるのか、戦争を起こさせないのか、国民の安全と財産を守ることができるのかという議論なのだ。この点を巡って、左右が対立する。
 左派は、9条を守れ、軍拡するな、憲法を改悪するなという。前の「お花畑な人たち」にも書いたが、9条を守っていれば、中国は台湾進攻を思い留まるのか、北朝鮮はミサイルを発射しないのか、プーチンは拡張政策を止めるのかと、左派の人たちに問いたい。歴史は、また現在の国際情勢も、軍事均衡が崩れたときに戦争が勃発するというのは、戦争論を論じる専門家の共通した認識だ。事実、ウクライナがソ連崩壊の時に、核を放棄しなければ、ロシアはウクライナに侵攻しなかっただろうし、できなかった。

 右派も左派も、戦争を起こしたくないのは同じだ。ただ、現実の国際情勢を直視しているかどうか、ここに分岐点がある。中国・北朝鮮・ロシアという権威主義国家かつ核保有国の最前線に位置する日本が、アメリカの核の下に微妙な軍事バランスの状況であるのは確かだろう。

 もし、台湾封鎖を中国が行えば、世界の半導体が止まってしまう。ホルムズ海峡の封鎖どころではない状況が起こるのだ。中国に対して力による現状変更を断念させるには、「寄れば抜くぞ」という心構えと共に、真剣を磨かなければならない。なまくらや木刀では、たいしたことはないと舐められるのだ。そのための、防衛力の強化である。

 今後の平和教育は、戦争の悲惨さを語り継ぐとともに、どうやって平和を維持するのか、日本の防衛をどのように守るのかも合わせて学ばなければいけない。そういう意味でも、文科省のいう多面的・多角的議論が重要なのである。


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