「舞姫」教科書掲載70年目


 6月24日の朝日新聞教育欄に、「『舞姫』主人公はくず男?自分なら?」という見出しで森鴎外の代表作「舞姫」の教科書掲載70年目に関する記事が掲載されていた。「舞姫」が教科書に掲載されたのは、1957年らしい。私も高校時代に学んだ記憶がある。残念ながら、理系コースに所属し、3年生で学んだので記憶が定かではない。

 管理職になってから、先生方の授業を見学するようになり、森鴎外の「舞姫」と夏目漱石の「こころ」の授業を見学する機会が度々あった。両方の小説とも、いわゆる恋愛小説だ。この教材ほど国語の教員の力量が出る教材は無いと思っている。恋愛小説で終わってしまう教員(若い教員に多い)がいることがあれば、生き方にまで、そして当時の歴史的背景にまで踏み込んで教える教員もいるのが、この教材だ。

 新聞記事には、愛媛県立今治西高校の実践が紹介されていた。授業を始める前に読んだ生徒からの感想は、
「言っていることがわからない」
「(主人公は)くず男」
という酷評だった。そこで、担当教諭は、「語られている『失敗』からどう学ぶか。」を考えさせる。特に「自分が豊太郎(主人公)だったらどうするか」という論点は盛り上がるという。そうすると、
「実力があるからドイツに残ってもやっていける」
「残ってもエリスが回復する見込みはない。楽しい生活はできない」
「エリートは帰国以外の選択肢はないだろう」
と、当初の感想とは違い、多様な意見が出されるという。

 確かに第三者ではなく、わが身に置き換えれば考え方も変わるだろう。しかしながら、本当の理解は、社会人になってからでないとわからないのではないかと思う。自分ならどうするか、この問いは、夏目漱石の「こころ」と共に、年齢を重ねるたびに変わるのではないか。自分の人生経験と重ねるごとに、豊太郎やエリスへの想いは変わっていくのではないかと思う。
何を自分の人生の骨太の柱にするのか、それは人それぞれである。エリスと自分の子どもを見捨てた豊太郎の弱さと、そして一生背負わなければならない悔恨の重さも人生経験を重ねるたびに変わるのではないか。

「舞姫」とは、そんな小説だと思う。


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