5月27日の朝日新聞に「辺野古巡る学習 違法認定に大きな疑問」という題で社説が掲載された。社説の主張は、
「違法認定に踏み込み過ぎ」「教育基本法の成り立ちに照らしても腑に落ちない」
「違法認定で、平和教育など政治課題を扱う事への萎縮が広がる恐れがある」
「自民党内で教育内容を問題視する声が相次ぐ中で」「違法判断を公表した経緯をみれば、政治色が極めて濃い判断で、それ自体、中立性を欠いているとのそしりも免れないだろう。」
と記載されており、ポイントは、
*政治教育・平和教育への学校現場の萎縮
*自民党の影響による違法判断で、これ自体が中立性を欠いている
という2点である。
文科省のHPに掲載されている5月22日に発出された「同志社国際高等学校の研修旅行について(これまでの把握事項と文部科学省の見解)」を読んだ。この文書の中では、
辺野古基地反対の学習内容を中止しろとか、縮小しろというような見解は、一切示されていない。以下のように記述されている。
「●多様な見方や考え方のできる事柄、未確定な事柄、現実の利害等の対立のある事柄等を取り上げる場合には、生徒の考えや議論が深まるよう様々な見解を提示することなどが重要であり、特定の事柄を強調しすぎたり、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げたりするなど、特定の見方や考え方に偏った取扱いにより、生徒が主体的に考え、判断することを妨げることのないようにすることが求められる。」
「●この点、同志社国際高等学校の研修旅行における辺野古への移設工事に関する学習について、これまで把握した限りでは、事前及び事後の学習を含めて、様々な見解を十分に提示していたことが確認できず、特定の見方・考え方に偏った取扱いであったと考えられる。」
何回も言うようだが、多面的・多角的意見を提示し、生徒の意見が深まるようにしなければならないと言っているわけで、辺野古の基地問題を取り上げるなとは言っていない。この社説を書いた朝日新聞の記者は、文科省の見解を読んだのだろうかとさえ思ってしまう。おそらく読んだであろうが、(もし読んでいないなら記者として失格だ)それでも尚且つこのような社説を書くという事は、相当偏ったイデオロギーに毒されているのだろう。
また、平和教育の重要性についても文書では次のように示されている。
「●平和に関する学習については、学習指導要領等に基づき、小中高等学校段階を通じ、児童生徒の発達段階に応じて主として社会科や地理歴史科、公民科等において指導することとされており、例えば、高等学校段階では第二次世界大戦について扱う中で、我が国においても沖縄戦などで戦禍を被ったことに着目させ、平和で民主的な国際社会の実現に努めることの重要性を自覚させるようにすることとしている。 」
平和教育に関する否定は一切ない。逆にその重要性を文書内で述べているのだ。
朝日新聞の社説の最後には、
「多様な見方に触れつつ現実の政治課題を学び、政治的判断力や批判的思考力を養う機会が損なわれることを、強く憂う」
と述べているが、まさに文科省も「多様な見方に触れつつ現実の政治課題を学び、政治的判断力や批判的思考力を養う」こともめざしているのではないか。何を「憂いている」のかと思う。
「萎縮」したり「憂う」のは、政治的中立性に抵触するような教育を行っている学校現場だし、教師だろう。朝日新聞は、こんな批判社説を掲載するのではなく、「多様な見方に触れつつ現実の政治課題を学び、政治的判断力や批判的思考力を養う」ような教育実践とはどういうものか、そしてそのような実践をされている素晴らしい学校・教員を紹介すべきだろう。その方が余程有益だ。

コメントを残す