国立大学附属学校について

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 日本大学の末富教授が、筑波大学附属中学校で起こった深刻ないじめ事案について、国立大学附属学校というものについて言及している。まずは、筑波大学附属中学校のいじめ事案については、以下のURLを見てほしい。かなり悪質であり、かつ学校の対応にも問題がある。

https://news.yahoo.co.jp/articles/9ac1e769350678119418c829d2bc119b153d060d

 末富教授は、この事件に関して、国立大学附属学校というものに関して、次のようにコメントしている。
「まず国立大学附属学校の課題対応能力はそれほど高くないことを知っていただきたいです。教員も国立大学附属学校に行くことを嫌がる方も多いです。」

(https://news.yahoo.co.jp/profile/commentator/suetomikaori/comments/0f81ce22-7557-4bc1-a378-d0baba2c0d57)参照

 同意するところもあれば、違和感を持つところもある。まず、教員の資質に関してだが、私が校長として赴任した附属中学校は、今まで大阪府で出会ったどの学校の教員よりも質が高かったし、教育というものに対して真摯に向き合い、熱心だった。私は高校の教員だったので、中学校の教員に初めて出会ったのだが、高校と中学校という違いだったかもしれないが、本当に気持ちよく仕事をすることができた。だから、末富教授の指摘する点には、違和感がある。

 だが、同意できる点も多い。
「SNSトラブルやいじめ事案に対し、公立学校であれば、教育委員会の支援体制がありますが、国立大学は予算が足りておらず、附属学校の存在感も薄く、児童生徒や保護者へのケアや支援も十分ではないことが一般的です。」
という点だ。この教育委員会の支援体制が無いという事は、とても大きい。府立学校で校長をしていた時は、何か問題あれば教育委員会に報告し、相談もできた(退職間近では若手の指導主事が多く当てにならなかったが)。だが、国立大学付属学校には、教育委員会の支援が無い。大学には、一応附属担当が設置されている(副学長が担当することが多い)が、ほぼ当てにならない。大学教授があまりにも学校現場を知らなすぎるのだ。だから、附属中学校の校長をしている時は、校長という役割と教育委員会という役割の双方をしなければならなかった。

 さらに言うと、教員養成系大学の附属学校であれ、教育学部の附属学校であれ、大学の教員は、自らの教育研究や教育理論の「実験の場」としか附属学校を考えていないという事だ。確かに、研究の場としての附属学校の役割はある。しかし、大学教員にとっては、研究の場であっても、児童生徒たちにとっては、唯一のかけがえのない学校生活なのだ。この点が、附属学校の教員と大学教員の間で大きな差となって表れてくる。

 例えば、発達障がいの生徒たちだ。公立学校ならば、支援学級が設けられ、個別支援計画に基づく適切な支援教育がなされるし、しようと努力する。しかし、私が勤めた附属中学校には、支援学級が無かった。支援を求めても実現しなかった。大学の教員が研究対象にした生徒には、十分な支援が行われる。しかし、そうでない生徒は、附属中学校の教員に任せっきりだった。そんなことで良いのか!と私はかなり大学に腹を立てたが、どうにもならなかった。

 国立大学附属学校で、いじめ問題などの発生が少なくない。もう一度、附属学校の教育体制や、支援体制がどうなっているのかというのは検証した方が良いし、「国立大学附属」という幻想を保護者も持たない方が良いだろう。


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