10月11日の読売新聞「広角多角」に面白い記事が掲載されていた。日本と韓国の高校教師の交流会での話だ。日本も韓国も理系と言えば医学部人気に変わりない。その中で、「韓国の教師から、『医師に優秀な学生が集中すると理工系分野が衰退し、科学技術が発展しないのではないか』と国全体への影響を懸念する声が多く聞かれた」「日本の学校関係者にはあまりみられない『俯瞰的』な視点のように思えた」というのである。
日本の教師が、こうした「俯瞰的な視点」を持って進路指導やキャリア教育を行っているとは、到底思えない。というのも、彼ら自身が学生時代にそのような視点を持って進路選択をしたとは考えにくいからだ。社会に有為な人材を育てるために教師を志望したという人がどれだけいるだろうか。大半は、お世話になった教師への憧れがきっかけであることが圧倒的に多いように思う。
教育評論家の尾木直樹氏のコメントとして、「タイ、インドネシアなどの学校を視察すると『将来は国の発展のため尽くす仕事をしたい』と『大志』を語る子供に出会う」と紹介されている。それも頷ける話である。東南アジアの国々は発展途上の段階にあり、国の成長が自らの幸福な人生と直結しているからだ。まるで日本の明治期における「坂の上の雲」を追いかけた時代を彷彿とさせる。
一方、日本はどうか。30年を超える低成長期を経験し、「斜陽の国」となっている。尾木氏がいうように「希望の進路を自由に選べる環境は望ましいことではある」が、日本では個人の幸福の追求と国や社会の発展との間に齟齬が生じているのかもしれない。
政府は理系人材の育成を目指し、大学に対して文系学部から理工系学部への転換や新設を促すなど補助金を投じている。確かに、国力の維持・発展には理系人材が不可欠だ。ロシアやイランが戦争を継続できたり、アメリカに対抗できる「粘り腰」を発揮できたりする背景には、豊富な理系人材を擁しているという側面が確実にある。
果たして、政府主導の理系人材育成は成功するのだろうか。成功してもらわなければ困るのだが、日本の若者の安易な思考の傾向や、それを見守る教師の意識をよく知っている立場からすると、その先行きは暗いと言わざるを得ない。

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