「政治的中立」という圧

,

 8月6日の朝日新聞は、1面に続き2面にも全面を使って「主権者教育 戸惑う現場」というタイトルで記事が掲載された。一番大きなタイトルは「『政治的中立』という圧」である(写真参照)。

 教育における政治的中立性について考えてみたい。朝日新聞の言うように、政治的中立性が主権者教育が伸び悩んでいる主要な要因であるというのなら、政治的中立性を除いてみたらどうなるだろう。教員は、自らが支持する政党を自由に教室で話してよいし、特定の政党に反対する意見を述べても良いことになる。そんなことをすれば、公教育が混乱するのは目に見えているだろう。高校生なら、「この教師は偏向教師だ」とネットに晒すこともありうるだろうが、小中学生にとっては「先生が言っていることだから」と盲信することも考えられる。教育における政治的中立性を除いてしまえば、学校現場は混乱に混乱をきたすだろう。朝日新聞は、この「『政治的中立』という圧」という見出しにどういう考えを込めたのだろうか。

 公共の新聞として報道の中立性のために、2面の最後にこんな記事が載っていた。長くなるが引用したい。

「一方、広島県立高校の男性教諭(40)は『特定の政党や立場を応援する授業をしたことはないし、するつもりもない』と話す。
 男性は公共の授業で、生徒会予算の配分や校則のあり方といった身近なテーマについて議論してもらっている。その際、意識しているのが『教員がもつ“権威性”を自覚する』ことだ。
 成績をつける立場の教員が安易に考えを言えば生徒はなびき、『押し付け』になりかねない。『議論を活発にするためにも中立性は重要』と考える」

まさにその通りだ!左派の色のついた組合色の強い教師ではなく、このように真摯に主権者教育に向き合う教師が増えることを望む。

 朝日新聞も政治教育を盛り上げたいのならば、この教師の実践を大々的に紹介すべきだ。申し訳程度に紹介しているところに、朝日新聞の政治性が見える。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

トップへ戻る