8月10日の朝日新聞にOECDの教育・スキル局長、アンドレス・シュライヒャー氏へのインタビュー記事が掲載されていた。氏からは示唆に富んだ内容が示されていたので、いくつか紹介したい。
―日本のデジタル教育に関する遅れに対して、現状をどのように見るか―
この問いに対して、氏は以下のように答えている。
「大切なのは、教育的な意図をもって学びの設計の中にきちんと位置づけているかです。目的を持って使えば、デジタルは有益で学びをより協働的・双方向的にできます。」と。
つまり、どのような教育をおこなうのか、その目的を十分に意図することが重要であり、その意図する教育の中にどのようにデジタルを位置づけるかが重要という事だ。この間のデジタル教科書に関する中教審の議論を見ていると、デジタルを使うことが目的化され、どのような教育の中で、どのようにデジタルを使い、どのような結果をもたらそうとしているのかが非常に曖昧であったと思われる。氏の指摘は誠に示唆に富んでいる。
―日本も教育特化型AIの取組を計画しています。海外の先行事例から留意点は―
この問いに対して、氏は以下のように答えている。
「汎用型AIは、消費者市場向けに設計されたツールで、人間の成長や学習のために設計されていません。課題の遂行能力はあがっても、学習には必ずしもつながりません。思考を止めてしまう危険性もあります。(中略)
教育特化型には三つの階層があります。一つ目は、次々と質問を投げかけて対話し、矛盾に気づかせ、ソクラテス式の問答法のように深い理解や真理に導く仕掛けをAIに設けることです。二つ目は、AIに組み込んだソフトウェアを教師とともに開発してより良い教材となる役割を与えること。三つ目は、中長期になりますが、その国ならではの規範や価値観を盛り込んだ、教育特化の大規模言語モデルを開発することです。フランスやドイツは取り組んでいます。市民を育てる目的なら、これは重要な点です。」
まず、不勉強を自覚させられた。教育特化型AIの開発に日本も着手しているという事だ。知らなかった。これに対して、氏は三つの階層を示唆している。誠に勉強になる。特に、フランス・ドイツが取り組んでいるという国独自の規範や価値観を盛り込んだ大規模言語モデルというのは、道徳教育にも結び付いていくのだろう。すでに着手している国があるというのも驚きだ。
氏が指摘するように、巷に出回っている汎用型AIは、消費者志向であり、教育的ではないというのはうなづける。ところが、すでに大学生はAIを活用してレポートを作成しており、高校生も同様だ。このまま放っておけば、教師が質問を投げかけても、小学生が「先生、AIがこんな答えを出していますよ」と即答するだろう。
氏の示唆するところが、日本の教育に反映されることを期待したい。

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