なぜその大学?


 6月6日の読売新聞人生案内に「志望大学に行けず意欲ゼロ」という見出しで、10代の男子大学生の相談が寄せられていた。要は、第一志望大学に一浪しても合格しなかったので、滑り止めで受けた大学に入学したけれど、大学生活に意欲がわかないというものだ。

 相談者の増田明美さんは、高杉晋作の句を引用して、「置かれた場所で、一生懸命咲く」ことをアドバイスしている。確かにそうなのだが、私がこの男子学生の相談相手になったらどのようにアドバイスするか考えてみた。

 第一志望の大学がどの大学で、滑り止めの大学がどの大学なのかは記載されていないので、詳しいことは分からない。だが、この男性に必要なことは、なぜ第一志望の大学がその大学なのかという事だ。何を求めてその大学に一浪してでも行きたかったのか。もう一度振り返ることが必要だろう。すなわち、
「あなたは、その第一志望の大学に入学をして何をしようと思っていたのですか?」という事だ。どうも、この男子学生の場合は、大学名、大学のブランドに憧れていたように思えてならない。だから、第一志望の大学に入学することが目的で、大学に入学して何をしたいのかが不鮮明なのではないだろうか。

 大学に入学して何をしたいのか。そのことを考え直すことにより、今いるすべり止めの大学を見る目も変わってくるのではないか。見えていなかった、見ようとしていなかったものが見えてくるかもしれない。

 昔、先輩の先生がこんなことを教えてくれた。その先生は、学区のいわゆる「2番手校」に長く勤務された先生で、「1番手校」に進学できなかった高校生を多く見てきたという。そういう高校生に対して、その先生は、
「どこにいるかが問題ではない。何をしているかが問題なのだ」
と語ったという。同じ言葉をこの男子学生にも投げかけたい。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP