4月10日の読売新聞に「『公立離れ』は放置できない」というタイトルで社説が掲載された。高校授業料無償化が4月から始まったことに対する問題点、課題などが列挙されている。
社説では、「私立の場合は、施設整備費なども含めて公立の2倍ほどの費用がかかる。しかし、それを承知の上で私立を選んだ人に対しても、授業料を所得制限なしに支援することには違和感をぬぐえない」と、この制度の問題点を指摘している。
さらに、今回の高校授業料無償化についての弊害も指摘している。公立高校の定員割れ問題だ。「このまま衰退させては、国の教育にとって大きな損失になるはずだ」と指摘している。まさにその通りだろう。公立高校改革の必要も主張しているが、私立高校の質の担保も必要である。この制度が続く限り、私立高校への進学率の増加、公立高校の地盤沈下が進む。これほど、税金を投入するならば、文科省、都道府県教育委員会が私立高校の教育への関与を強めなければならない。何度も指摘しているように、私立高校の教育を巡っては、昨年度から様々な問題が発生しているではないか。広陵高校をはじめとするスポーツ強豪校を巡るいじめ・暴力事案の発生、同志社国際高校の修学旅行における学校の杜撰な対応による不幸な事故、などである。いずれも教育行政がもっと関与していれば、防ぐことができた可能性がある。
また、社説では、次のように指摘している。
「高校無償化はそもそもどのような教育効果につながるのか、という本質的な議論を欠いている」と。
まさにそうなのだ。何のための高校授業料無償化なのかという事である。高校授業料無償化の「先進地」である大阪府では、「公私における切磋琢磨」ということが掲げられた。これが教育効果と言えば、そうなる。私立高校への進学の経済的負担を下げることにより、公立高校と私立高校を「同じ土俵」で競争させ、教育の質を向上させようというものだ。ところが、この目標を実現するには、大きな課題がある。「同じ土俵」ではないのだ。「公私の切磋琢磨」のうち、最も苛烈に競争するのが生徒獲得競争である。しかし、この生徒獲得競争で、私立高校の入試が先に行われ、その後に公立高校の入試がある。同じ授業料であるならば、受験生とその保護者は進学先を先に決めたいと思うのは当然だろう。それも、施設・設備が充実した学校ならば、真っ先に決めたいと思う。
私は10年近く前(大学院修士の時代)から、この不平等性を指摘してきた。解決策は、私立高校と公立高校の入試を同時に行う事である。同じ土俵で行うことにより、地域住民のニーズに応えていない学校は、教育現場から去る。逆に言えば、去らないためにも教育内容の質を向上させる切磋琢磨が発生するのだ。
このシステムが無い状況で、高校授業料の無償化だけを行うから、今のように公立高校の地盤沈下という大きな弊害が発生するのである。
私は、何度も公私の同時入試実施を訴えているが、一向にマスメディアも専門家も取り上げようとしない。実現不可能なことと考えているのだろうか。それこそ、この制度の発案者である橋下氏が言うように「政治の力」で何とかすべきだし、橋下氏と維新の会は責任を取るべきだろう。

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