藤本龍児著「宗教のアメリカ」

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 藤本龍児著「宗教のアメリカ」を読んだ。読売新聞の日曜日に毎回掲載される本の紹介で知った。前回、「福音派」についての本を読んだので、今回は、アメリカにおける宗教を概観する本を読んでみた。

 この本を読んで思ったことを述べる。
1点目。ご存じのようにアメリカの歴史は、1620年に「メイフラワー号」に乗船した102名のピューリタン教徒から始まっている。彼らの意識の中には、旧約聖書のモーゼの「出エジプト」に出てくるように、「神から選ばれし民」という意識があったという。この認識は、アメリカのキリスト教の中で、延々と続いていく認識であるという。だから、アメリカ国民の中には、「我々は、神より選ばれた国民、そしてアメリカはキリスト教国家」という底流がある。

2点目。アメリカの宗教史を見ると、「大覚醒時代」と言われる宗教意識が高揚する時代と「世俗化」と言って宗教意識が低迷する時代が交互に訪れるという事だ。現在は、「福音派」がアメリカ国民の中で大きな位置を占めている。1960年・70年代に「世俗化」が進み、中絶、同性愛、薬物などが広がった。これはキリスト教文化に対する「カウンター・カルチャー」と呼ばれる。この時期、道徳的にも退廃が進んだ。私の世代のアメリカのイメージは、この時期の印象のようだ。現在は、「カウンター・カルチャー」に対するカウンターが進んでいるという状況のようだ。

3点目。「福音派」を読んだとき、ジミー・カーター大統領の時代から政治に関与していく「福音派」の姿が明らかになったが、藤本氏によると、もともと福音派はあまり政治に関与しようとしないらしい。日本では、トランプの強固な支持基盤として「福音派」が語られることが多いようだが、「他の候補よりもまし」という消極的支持派が「福音派」のようだ。

4点目は、「福音派」を中心とする宗教保守の特徴が明確にされているという点だ。その特徴は、以下の点にある。(p229)
「一つに、神の前での『平等』を前提とし、『知性』よりも『霊性』を重んじる。ゆえに知的なエリートよりも信仰に篤い庶民を信頼する。二つに、神と向き合って『個』を強く意識し、自立や自己責任を重んじる。『自己統治』の理念をもつといってもよい。そのため、地方自治や国家主権に介入してくる連邦政府や国際機関に強く抵抗する。三つに、労働を尊ぶ倫理観をもつ。『富の再配分』は勤労意欲を削ぐと考え、増税は労働による成果の不当な徴収だと見なす。労働の成果としての世俗的成功にも強い関心を寄せるゆえに、労働を正当に評価する『自由市場』に賛同する。」
というものだ。まさに今のトランプ政権の政策である。

5点目は、政教分離についてである。近代民主主義の基本に、政教分離がある。日本も政教分離の政治体制である。この感覚でアメリカの政教分離を見てみると、どうも違うようだ。アメリカで言われる政教分離は、政府と教会の分離を意味し、宗教との分離を意味するものではないということだ。だから、「福音派」のリーダーが政府の要人を務めたりするのだろう。例えば、創価学会の幹部が、文科省の事務次官に着いたら、日本では大問題になるだろう。これに近いことが、アメリカでは起こるという事だ。

この間、アメリカの宗教に関する本を2冊読んだが、なかなか面白かった。日本の報道では、アメリカの宗教の深い部分が報道されない。日本的な無宗教の「目」でアメリカを見てしまっている。宗教という視点を日本人は忘れてならないと言えるだろう。


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