私立強豪校の不祥事と「勝利至上主義」の罪

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10月8日付の朝日新聞27面に、「『指導が原因で自殺』学校側・元顧問を提訴」という見出しの記事が掲載されていた。被告として提訴されたのは、愛知県瀬戸市の私立聖霊高校と、同校ソフトボール部の当時の男性顧問である。

記事の一部を引用する。

「同高ソフトボール部は全国大会にも出場する強豪。訴状などによると、女子生徒は21年7月に主将に就任後、チーム内でミスなどがあると、主将として特に叱責を受けた。元顧問は他の部員の目の前で『キャプテンでなかったら、試合に出していない』などと発言したこともあった。22年4月19日の練習で『お前はもういらない。キャプテンは向いていない』などと発言したという。女子生徒は同日夜に自殺した。」

ここにある指導は、明らかに一線を踏み越えている。遺族が訴える「暴言は指導ではなくハラスメントであると社会に広まってほしい」という言葉は当然の叫びであり、重く受け止めなければならない。

それにしても、強豪校における部活動の不祥事が後を絶たないのはなぜか。全国大会出場や優勝を追求するあまり、「勝利至上主義」に悪びれることもなく浸かり、過剰な不当指導が正当化されてしまう構造があるのではないか。こうした痛ましい出来事の陰で、どれほど多くの若者が健全な青春を奪われてきたことか。人命や尊厳を軽視するような重大な不祥事を起こした学校に対しては、厳格な制裁が不可欠である。

これまでも繰り返し主張してきたが、生徒の尊い命を奪うような重大事態を引き起こした学校に、安易に公金を投入し続けるべきではない。私学助成金や高校授業料無償化の対象から除外・減額するなど、行政としての毅然とした対応が求められる。本来であれば、教育の舞台から退場させるべきレベルの重責である。

また、保護者側もいま一度立ち止まって考える必要があるのではないか。青春時代という大切な時期を、過酷な「部活漬け」の毎日だけに捧げることが本当に子どもの幸せにつながるのだろうか。スポーツ推薦で入学しても、過剰な負荷による怪我や理不尽な人間関係で挫折してしまっては元も子もない。

現在、私が勤める通信制高校にも、スポーツ推薦で全日制に入学したものの問題に直面し転学してくる生徒が少なくない。親はついスポーツで成功した一握りの華やかな事例に目を奪われがちだが、勝負の世界で成功を収められるのはごく僅かであるという現実を直視すべきだ。過剰な勝利至上主義から子どもを守る眼差しが、今こそ大人に問われている。


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