9月12日の読売新聞の2面と23面に活字文化議員連盟が松本文科相に、「紙主軸」の学びを申し入れたという記事が掲載された。議連からは、
① 小学校の6年間は紙の学びを徹底すること
② 中学校では学習効果が期待される教科でデジタルを活用すること
③ 子どもの健康状態について調査を行い、支障があると判断される場合は、躊躇なく政策の見直しを行うこと
の3点が申し入れられた。大賛成である。PISAの結果では、日本は国としては3分野とも1位となったが、その要因の一つには「紙ベースでの教科書での学び」もあると議員連盟は見解を述べている。まったくその通りだと思う。教育のDX化も必要だが、DX化を進めた結果、学力が低下したとなっては、何の意味もない。北欧3国のPISA結果から学ぶ必要がある。重要なことは、DX化よりも読解力の強化である。PISA結果が1位になったといっても、それはOECD諸国の下落が大きかったということであり、日本の各分野の平均も落ちているのだ。落ち幅が小さいが故の1位にしか過ぎない。
年内にデジタル教科書の大臣指針がまとまる。現在は、小学校4年生まで紙の教科書、小5以上でも国語・社会・道徳ではデジタル教科書は認めないとしている。ただ、ハイブリッド型については、何も言及していない。議員連盟も言うように、あくまでも紙の教科書が主で、デジタル教科書(教材)は従という位置づけが重要だ。何回も言うが、重要な力は読解力である。AIはおそらく今後も発展していくだろう。その時、AIの出した答えの成否の判断やAIの使い方を誤らないためにも読解力・思考力・判断力が極めて重要である。前巨人監督のお子さんのように、AIに頼ったがゆえに、父親の職を奪ってしまうということにもなりかねないのだ。
それにしても、なんで今頃このようなことが議論されなければならないのか。中教審で審議すべきことなのだ。中教審は、「中央教育審議会」なのだ。まるで審議ができていない。文科省の官僚の書いた政策に対してお墨付きを与える場となってしまっている。もっと侃々諤々の議論をすべきだったのだ。そうすれば、もっとデジタル教科書に慎重になっただろう。なんと愚かな中教審だろう。
本来なら研究の舞台で議論すべきことが、その舞台が形骸化しているために、政治の舞台で議論させる羽目になってしまった。本当に情けない話だ。日本の子どもの学力に関わる重要事案であるにも関わらず。

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