ずさんすぎる同志社国際高校教員


 7月7日の産経新聞の1面に、「引率教員、死亡生徒の顔知らず」という見出しで、同志社国際高校の引率教員が、亡くなった武石知華さんの顔を知らなかった、そしてそのために救急搬送されても保護者への連絡が遅れたことが記載されていた。なんとずさんな教員かと思う。

 知華さんの母親の言葉として、次の内容が掲載されている。
「引率教員がバスに乗る前、船に乗る前に点呼していれば、顔と名前ぐらいは担当していなくても一致するはず」
と悲痛な思いを語っている。

 確かに研修旅行では班別行動をすることがあり、普段教えていない生徒を引率することがある。だからこそ、事前にどの生徒を引率するのか、注意すべき点はないのか、など教員間の情報を交換し、共有するのが常である。その上で、顔と名前が一致しないからこそ、通常以上に丁寧に点呼を取るというのが教員の仕事だ。この教員は、引率どころか「ただいるだけ」という状況だったのだろう。

 なぜ、このようなずさんな教員を辺野古の研修に分担したのだろう。ここにも同志社国際高校の危機管理の甘さがある。危険が伴うかもしれない班別行動、問題が起こりそうな班には、それなりに意識が高い教員を配置するものだ。

 例えば、私はこんな経験をしたことがある。ある高校の修学旅行で班別行動に校長として付き添った時の事である。研修場所に到着しようとするのに、引率教員が研修の内容を最終確認しない、持って行くものも指示しない、という状況だった。校長としてできる限り口出ししたくなかったが、たまらず教員に「研修の最終確認、持ち物確認、集合時刻を確認して」と指示をした。引率教員は、まるでそんなことは頭になかったようで、慌ててカバンから教員用の引率マニュアルを出して、しどろもどろに生徒に説明をし始めた。研修が終わってバスに乗り込んだ時も、点呼をなかなか取ろうとしなかったので「点呼」と指示をしなければならなかった。
 宿舎に帰ってから、学年主任(修学旅行の責任者)に報告をしたら、「だから、校長先生に付き添ってもらったのですよ。心配だから」という返事だった。日頃から同じ職場で仕事をしていたら、教員の資質もよく理解できる。日頃の仕事ぶりから考えて、学年主任は、この教員が担当する班別行動に何かしらの懸念を感じたのだろう。だから、校長である私を付き添わせたのだろう。こういうちょっとした配慮が、大きな事故を防ぐのである。

 とにかく、同志社国際高校の安全管理についてはとんでもない状況で、「まるでできていない」と言われても仕方ない状況だ。この引率教員の資質も問題だが、このような教員をこのような海に出るという班別行動の担当にさせること自体が、危機管理に問題があるという事だ。


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