高校国語科目再編


 5月12日の読売新聞のトップ、それに13日の3面に高校国語科目の再編について大きく記事が掲載された。今回の再編は、簡単に言うと現行の2年次で学ぶ選択科目「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探求」のうち、「論理国語」と「国語表現」を「現代の国語Ⅱ」に統合し、「文学国語」と「古典探求」を「言語文化Ⅱ」に統合するというものだ。私からすれば、今回の再編は「目的未達成の結果」と「正常化」と映る。

 そもそも、現在の学習指導要領で、「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」の4つの選択科目が設定されたときに、かなり物議を醸した。「小説などの文学を軽視しているのではないか」「評論などを重視しすぎているのではないか」という議論だ。その懸念は、不幸にも的中した。文科省の推計によると、4科目の履修率は
「古典探究」→87%
「論理国語」→77%
「文学国語」→49%
「国語表現」→16%
である。「国語表現」はコミュニケーションを図ることを目的とした科目で、「主体的・対話的で深い学び」を打ち出した(それは次期学習指導要領にも継続)学習指導要領の中で、重視された科目であるはずだった。ところが大学受験科目の関係で、履修率が一番低い、それもダントツに低い状況だ。これが「目的未達成の結果」という事だ。

 2点目は、物議を醸した点だ。教科書検定でも「論理国語」の一部に小説を掲載した教科書が合格したり、採用が多かったりという現象が起きた。国語を学ぶバランスが極端に悪かったのが、現在の学習指導要領なのである。その意味で、今回の科目再編は「正常化」と言えるだろう。

 今回の国語科目の再編には、AIの影響があると記事にも指摘されている。急速に広がるAIに対して、「人間ならではの感性をはぐくみ、的確に表現すること」「人間同士のコミュニケーションの重要性が高まる中で、自らの考えを論理的に表現・対話する力」を重視したと文科省は説明する。AIを意識したものなのだろう。

 しかし、ちょっと待てと思う。文科省が重視した上記の2点は、初期のAIは不得意だったかもしれないが、現在のAI、さらに今後どんどん進化するAIにとっては、いとも簡単にできることではないかと思うのだ。ちょっと前に、同じ読売新聞に連載されていた「恋愛×AI」の記事には、「人間ならでは」の感性を持って、個人に寄り添うAIが紹介されていた。その挙句、AIと結婚する人まで現れるのだから、どれほどAIは人の心に寄り添っているのかと思う。

 と考えると、AI時代の国語教育とは何かという、とてつもなく大きな問題にぶち当たる。私は、数学の教師なので下手なコメントは差し控えたいが、この問題はとても重要な問題である。


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