生から死へ


 7月9日夕刻、父親が亡くなった。92歳である。苦しむことも無く眠るように亡くなった。男性の92歳は「天寿を全うした」と言えるだろう。死亡届にも「老衰」と書かれていた。父の死から長男である私の喪主としての仕事が始まることになった。

 それほど長くはないと医者から言われていたので、父親が加入していた式場と事前相談を行い、葬儀の大枠は決めていた。それでも細部にわたって式場会社と決めていかなければならない。まず、通夜式と葬儀・告別式の日取り決めである。亡くなったのが木曜日の夕刻なので、通夜式金曜日、告別式土曜日というのが通常だが、式場も菩提寺の住職も都合が悪く、土曜日の通夜式、日曜日の告別式となった。

 父親は、式場の安置場所がいっぱいの為、近くの系列の式場に運ばれた。ほんの数時間前まで生きていた父親が、息もせずに布団に横たわっている。医学的には「死」が父親に訪れたことは間違いない。しかし、もしかしたら・・・という気持ちが心のどこかにあり、ざわざわした感情が心の中に現れ、なかなか落ち着かない。そんな気持ちのまま、親族に連絡をいれていた。

 御経とは不思議なもので、金曜日に延命寺の副住職(住職はすでに予定があり、最後まで副住職に担当していただいた)が父親の枕もとで枕経を上げてくれた。私たち世俗の人間には、御経の意味は分からない。ただ、御経の音を聞いているうちに、「親父は無くなったんだ・・・」という事を頭だけではなく、心で理解できるようになり、ざわざわする気持ちも落ち着いてきた。

 土曜日は午前中から、通夜式・葬儀に向けた準備である。10時に湯灌から始まる。納棺士と言われる方が行ってくれる。弟夫婦と私が立ち会った。びっくりしたのは、主で湯灌を進めてくれた方が、若い女性だったことだ。まだ研修中という事だったが、真面目そうで、可愛らしい女性だった。あとで、アシスタントの方に尋ねると、入社してまだ1年も経っていないという。会社のどの部署に配属されるかは、面接による希望らしい。彼女は希望したのだろうが、今時の若者が遺体に直接触れる、それも赤の他人で誰かも知らない人に触れる仕事に従事していることに、ある種の感動を覚えた。

 湯灌が終われば、納棺の儀である。私の家の宗派は真言宗なので、49日の旅の支度をするのだ。白装束に江戸時代の旅の装束を身につける。これを喪主である私と近しい身内で行う。アシスタントの方に、この旅装束はどの宗派でもするのかと尋ねたら、浄土真宗はしないという事だった。そりゃそうだろうと納得した。浄土真宗は、阿弥陀様が導いてくれる。悪人でも浄土に導いてくれるのだから。

 こうやって父親を納棺し、式場に安置すると、あとは通夜式、葬儀・告別式と流れていく。出棺し、斎場へと向かい、納骨を終えると「あー、親父は死んだんだ」という厳然たる事実を心で受け止められるようになった。

 父親がお世話になった病院から葬儀・告別式まで、生から死への流れだった。亡くなった父親は、自分がどのような状況にあるのかは全く分からない。当然のことだ。生きている私たちが、生きていた父親が亡くなったことを受け入れていくのが一連の儀式なのだと、改めて実感した。

 親父の死を言葉にすること、それもまた親父の死を受け入れていく作業だ。


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