月刊『正論』11月号に、麗澤大学教授の八木秀次氏が「左翼は左翼の顔をしないでやって来る」と題し、麹町中学校の改革と崩壊について論考を寄せている(八木氏は10月号のコラムでも同テーマに触れている)。八木氏といえば保守派の論客として知られ、「新しい歴史教科書をつくる会」の3代目会長を務めた人物である。専門は法学(早稲田大学法学部および同大学院修了)であり、教育学者ではない。
彼の主張は、工藤勇一氏が行った麹町中の「改革」は、旧ソ連の教育家クルプスカヤの焼き直しに過ぎないというものだ。クルプスカヤはレーニンの妻であり、初期ソビエトの社会主義国家建設に向けた教育改革の素地を築いた人物である。後に集団主義教育理論を確立するマカレンコにも大きな影響を与えた。八木氏によれば、クルプスカヤは「教師は自主的な学習を援助する年長の友にほかならない」という考えに基づき、「総合技術教育」の導入、生徒手帳の廃止、教科書の薄型化などを推進したとし、工藤氏の改革手法と重なると指摘する。
確かに、クルプスカヤの教育手法の中に八木氏が挙げるような側面が存在したのは事実かもしれない。しかし、その主張には疑問が残るため、改めて彼女の教育思想を整理してみた。
1.総合技術教育(ポリテクニズム)
①知育と生産労働の結合: 抽象的な知識の詰め込みと、単なる職能訓練の双方を批判。
②科学的原理の理解: 単なる機械操作ではなく、生産プロセスの背景にある自然科学や工学の基礎原理を理解させ、労働を通じた人間の成長を目指す。
2.集団(コレクティヴ)教育と社会主義道徳
①共同体意識の育成: 個人の利益より社会・共同体の利益を優先し、協力し合う「コレクティヴ」の中での教育を提唱。
②子どもの自主活動: 少年団(ピオネール)などの課外組織を通じ、集団生活や役割分担を自主管理する精神を培う。
3.学校教育と社会生活の結合
①学校を「象牙の塔」とせず、地域社会や生産現場(工場・農村)と直接結びつける。
八木氏は生徒の自主性や組織運営(ピオネール等)の類似性を指摘しているのかもしれない。しかし、クルプスカヤの思想の根底には、あくまで「個人の利益に先立つ社会・共同体への奉仕」という社会主義的コレクティヴの理念が存在する。
このように考えると、工藤氏が掲げた「最上位目標の共有」や「自己決定・当事者意識」を中心とする改革と、クルプスカヤの教育理念は、根底にある人間観や国家観において本質的に大きく異なることがわかる。八木氏の論説は、表面的な共通点のみを切り取って工藤氏を「左翼」に仕立て上げ、旧ソ連の系譜に連なるものと結論付けており、論理展開にやや無理があると言わざるを得ない。
なお、私は工藤氏の改革を手放しで支持しているわけではなく、むしろ極めて批判的な立場をとっている。しかしだからこそ、工藤氏の教育改革に対する評価は、政治的ラベル貼りではなく、教育学の厳密な理論的枠組みに基づいてなされるべきだと考える。

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