代表的日本人


 文芸春秋8月号の特集は、「代表的日本人」である。読んでみたが、面白くない。かなり日本の知識人、有名人が寄稿されているが、それぞれがそれぞれの立場で思う「代表的日本人」なので、視点がバラバラだ。何をもって「代表的」というのかが統一されていないので、全体としての議論がかみ合っていないし、寄稿にも統一性が取られているとは言い難い。まあ、編集者が「それでよい」というならそれで良いのだが・・・
 例えば、日本人の資質を形成したという意味で代表的日本人を挙げろと言われれば、真っ先に聖徳太子を挙げるだろう。有名な「和をもって尊しとする」は、日本人のあらゆる分野に染みついている。そのことの良し悪しは議論のあるところだと思う。わたしは、どちらかと言えば、「良し」とする立場ではない。「和」を求めることが行き過ぎて、同調圧力になってしまっているのが、今の日本社会である。個人というものの確立が不十分なゆえに、如何にも生きづらい。
 日本は、中国大陸を先進の地として政治・文化・技術など様々なものを取り入れてきた。この中国大陸の影響から日本独自の社会に移行してきたのが、平安中後期から鎌倉時代だろう。独自の日本社会の確立に寄与した「代表的日本人」を定義するとすれば、かな文化を確立し、世界最古の長編小説「源氏物語」を書いた紫式部と中国大陸の政治制度から決別した政治制度を確立した源頼朝、そして今でも日本の中で一番多い宗徒を要している浄土真宗の開祖である親鸞ではないかと思う。紫式部は、2024年の大河ドラマになるのでどのように表現されるのか、期待したいと思う。前年の大河ドラマであった「鎌倉殿の13人」は、農耕出身者を源流とする日本の武士が権力を握る様子がよく描かれていて、彼らの土地への執着はまるで暴力団のシマ争いとそっくりである。一所懸命という言葉がリアルに感じられた。親鸞が始めた浄土真宗は、阿弥陀仏こそが我々を救ってくれるということを説き、多くの民衆に受け入れられた。その後、各地の講の確立へと発展し、民衆の中に根強く染みついている。因みに、浄土真宗は、キリストの愛と似ている。私がシカゴのアムンゼン高校を訪問した時、一人の教師が親鸞に興味を持っており、そのことを話すと彼はものすごく共感してくれた。
 変革期の日本人の代表としては、誰が挙げられるだろう。やはり織田信長か。戦国の世を開いた北条早雲という案もある。司馬さんは誰を挙げるだろうか。以下は有名な話だが、司馬さんが小説を書きだしたのも「なぜ日本人は、こんなバカな戦争(太平洋戦争こと)を始めたのだ。日本人はこんなバカではないはず。過去の日本人はもっと素晴らしいはずだ」と、素晴らしい日本人を発掘したいがためである。司馬さんは、徳川家康よりも信長や秀吉が好きである。それは、彼らの政策が明るいからだ。この明るさは、南蛮貿易を盛んに行い、「世界」というものを視野に入れていたからだ。「海」の明るさが、この時代の明るさである。ところが、家康はそうではない。少し言いすぎか。確かに家康も南蛮貿易を行っていたが、彼らほど大胆ではない。彼は、常に「三河の時代」を超えていないというのが、司馬さんの見解だ。だから、江戸幕府は常に前例主義で変革を恐れ、「神君家康公の仰せの通り」なのである。もしかしたら、変革をためらう日本社会の一つの特徴を形づけたのは、「どうする家康君」なのかもしれない。そういう意味で言えば、徳川家康も「悪しき代表的日本人」なのかもしれない。
 幕末ではどうだろう?この時代に傑出した人物は、いずれも異端児たちである。今の日本人の中にどれだけ彼らの生き様が影響しているだろう。そう考えるとかなり難しいものがあるのではないだろうか。外国勢力がひたひたと押し寄せてくる幕末という時代は、中露朝という三国が軍事的緊張を高めてくる現代の状況に通じるものがある。しかし、日本人というのはこのような危機に際しても、なかなか機敏な対応ができない。よくぞ明治維新を成し遂げ、帝国主義の列国の支配を跳ねのけてくれたものだ。そうでなければ、列国に支配される中国大陸と同じ道を歩んでいただろう。この意味で言うと、ふと一人の人物が浮かび上がった。不平等条約を改正させた陸奥宗光外相である。列国と対等平等に渡り合ったという意味で言えば、彼は代表的日本人として挙げてもよいだろう。今回の文芸春秋の特集では誰も挙げていなかったが・・・。
 最後に、世界に認められた日本人。それも最初の日本人ではないかと思われるのが、柴五郎である。彼については、ただ一人藤原正彦氏が名を挙げていた。柴五郎について書き始めると長くなってしまうが、簡単に言うと義和団の乱で北京にある各国大使館が危機に陥った時に、武官としてその指揮を執った人物である。乱が終息した後、英国をはじめ多くの国々から勲章を柴はもらっており、一説には彼の活躍がその後の日英同盟につながったと言われている。詳しくは「黄砂の籠城」(松岡圭祐著)を読んでもらうと、彼の活躍がよくわかる。

以上が、私が考える「代表的日本人」である。皆さんも自分で代表的日本人について考えることをお勧めする。なかなか面白い。


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