本の紹介ー「11人の考える日本人」


 やっと読み終えた。通勤電車で行き帰りに少しずつ読んで、やっと片山杜秀氏著「11人の考える日本人」を読み終えた。やっと読み終えたとはたいそうな言い方だが、何のことは無い新書である。本当は、2週間もあれば十分に読み終える分量なのだが、何分職場も変わり、慣れない環境での読書のため、ついつい電車の中は睡眠の時間となってしまった。以前のように校長室で読書というわけにはいかないのである。
 さて、「11人の考える日本人」である。ここで紹介されているのは、幕末から昭和までの日本を代表するオピニオンリーダーと言えばよいだろうか。掲載されている順に紹介すると、
 吉田 松陰
 福沢 諭吉
 岡倉 天心
 北  一輝
 美濃部達吉
 和辻 哲郎
 河上 肇
 小林 秀雄
 柳田 圀男
 西田幾多郎
 丸山 眞男
である。日本近代史にも倫理や政経の教科書にも載っている面々である。そもそも、この本を読もうと思ったのは、読売新聞(ずいぶん前でいつ頃かは忘れてしまったが、GWは過ぎていたかもしれない)の毎日曜日に掲載されている本の紹介に掲載されていたからだ。書評を読んでみて、一度に惹かれてしまった。なぜか?福沢諭吉は「金儲けの思想」だと書かれていたからだ。このように書かれると、日本人の多くは、「なにそれ?」と思うだろう。だって、「天は人の上に人をつくらず・・・」で始まる「学問のすすめ」は中学生でも知っているし、ここからイメージする福沢諭吉は、理想を追い求める平等主義、人権主義のイメージだからだ。でも、「違う」と片山氏は述べる。その根拠として、片山氏は「学問のすすめ」の一節を紹介する。

<諺にいわく、天は富貴を人に与えずしてこれをその人の働きに与うるものなりと。されば前にも言える通り、人は生まれながらにして貴賤貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり>

だから、よく勉強しなさいという「学問のすすめ」なのである。こんな調子で、私たちが抱いていたそれぞれの人物のイメージを悉くひっくり返してくれるのが、この本なのである。のっけから驚かされる。例えば、
    「吉田松陰は、軍事的リアリストである」
    「北一輝は、未完の超進化論」
    「天皇機関説と天皇主権説はそれほど対立する内容ではない」
    「柳田圀男の民俗学は、『飢え』に耐えるための民俗学」
    「西田幾多郎の『純粋経験』『絶対矛盾的自己同一』は、日常のありようを難しく表現したもの」
などというようなコメントが出てくるのである。「はぁ~?」と思うのは、私だけではないはずだ。これ以上の内容は、本を買って読むことの楽しみとしておく。さらに、この本の嬉しいのは、それぞれの人物の経歴が紹介されており、その人の人生の歩みが、その人の思想形成にどのように影響してきたかを紹介してくれているので、納得感は更に増す。
 もう一人だけ紹介しておきたい。丸山眞男である。戦後の民主主義の論客として、一度はその著書を読まないとと思っていた人物だ。彼の思想形成には、なんと小さい時に体験した関東大震災が大きく影響しているという。少しだけ引用する。

「なんだ、つまらない、と思うなかれ。本当に大切なのは普通の自由な生活であり、普通の自由な生活は、ラディカルな態度を伴わなくては守れない。日本人らしく普通にしていては普通の自由は保てない。普通とはたいへんなことだ。日々、主体的に思い詰めていなくては、普通なんてたちまち消し飛んでしまうのだ。丸山の教えでしょう。」

これを読んで、ある種の感動を覚えた。まさにその通り、今の日本だけではなく、世界のいたるところで、「普通」を求めてラディカルな戦いが行われているのだ。日本人は、戦後の平和な時代を過ごすうちに、この「普通はラディカルな態度でなければ、守れない」ということを忘れているように思う。

 最後に、この片山氏の著書を読んで、どの人物についてもその原著を読んでみたいと思わされたことは間違いない。残念ながら、原著を読み取る力が私にはないが。このように思わせてくれる片山氏の本質をつかむ力に感服である。
 


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