10月21日の臨時国会冒頭、首相選出の選挙が行われ、高市早苗氏が女性初の総理に選出された。日本の政治史に残る日である。しかし、今回の首相選出に向けた動きほど面白い(と言っては、失礼か)政局は無かった。
まず、自民党総裁選の結果、僅差で小泉氏を破り、高市氏が総裁に当選した。党員票で1位を獲得した高市氏は、たとえ自民党党員の投票であっても民意を反映していることを考えれば、議員票で逆転するのは難しいだろうと思う。それにしても、自民党の表が真っ二つに割れる総裁選挙であったことを考えると、高市氏の政権運営によっては、足元がおぼつかない状況になるだろう。反高市の動きが出ないとも限らない。
今回の政局が大きく動いたのは、公明党の連立解消が大きなきっかけであることは、誰しもが認めることだ。「政治とカネ」の問題が、大きな障壁となったという。だが、公明党の斎藤代表は、「誰が総裁になっても・・・」と表では言うが、もし小泉氏が総裁になったとき、果たして連立解消に踏み切っただろうか。大きな疑問である。
元々保守の自民と中道路線それも「平和と福祉、クリーンな政治」を売り物にしてきた公明党とは、肌が合わない。政策的には今回の連立解消で互いにすっきりしたのではないか。だが、当落線上にある自民党議員にとっては、1万とも2万とも言われる小選挙区での公明の票の影響は大きい。余程国民目線の政策を実行しないと自民とは見限られるだろう。その時には、自民分裂の可能性もある。
公明の連立離脱で、テンションが上がったのが立民だ。幹事長の安住氏は、「数合わせ」を公言し、何でもやると言ってのけた。意気込みは良いとして、肝心要の政策は、立国維の三党の中でそう簡単に折り合うはずがない。それをこの短期間で連立に向けた協議をやろうというのは虫が良すぎる。自民・国民・維新の方が、余程政策的に近いのは誰もが認めるところだ。
今回の立国維の連立協議は、あまりにも唐突過ぎる。まとまるはずがない。野田代表も一任を得たとはとはいえ、党のアイデンティティに触れる安全保障法制まで変える勇気は無いだろう。101歳でなくなった元社会党の村山氏が日米安保を認めたような、腹が座った対応が必要だったのだが、今の立民にそこまで踏み込む力量は無かったのだ。それが、立民と国民の間が不調和に終わった原因である。あの時、国民の玉木氏の主張を全て吞むくらいのことを野田氏が行っていれば、維新は自民と組むか立民・国民と組むかを逡巡しただろう。今まで政策協議を怠ってきた立民の責任は大きい。
それにしても、高市氏の動きは早かった。国民の玉木氏が煮え切らないと知った途端、維新に連立の手を伸ばしたのだ。政治とはそういうものだろう。それに比べ、国民民主の玉木氏は情けない。高市氏が最初に「共に責任を持ってやりましょう」と打診したのは、玉木氏だ。そのとき、なぜ「政策協議をやりましょう」と言わなかったのか。それほど、立民からの「玉木総理」に色気を感じたのか。20そこらの議席で総理とは、どれだけ力が発揮できるというのだ。政治オンチも甚だしい。所詮、東大出の坊っちゃんだということを露呈してしまったのではないか。維新の吉村代表とは腹の座り方が違う。確かに、歴史的に観れば、自民と組んだ少数政党は、消滅の歴史をたどっている。維新もそのようになることは否定できない。それでも、自党の政策を実現するために、リスクを背負ったのだ。
この吉村氏と玉木氏との違いはどこから生まれたのだろう。思うに、修羅場経験の差だろうと思う。大阪維新を母体とする維新は、四面楚歌の状況の中で、様々な改革を行ってきた。特に定数削減に関しては、全野党を敵に回して実力行使で突破して成立させた。彼らの言う「身を斬る改革」は、半端なものではないのだ。これが、財政破綻寸前の大阪府を立て直してきた橋下-松井-吉村と続く維新のDNAである。
定数削減についても、マスコミは「唐突な感じ」というが、それはマスコミがそう思っているだけだ。議員にとって定数削減は、まさに自らの政治生命に関わる問題である。そこに、手を付けなければ改革なんてできないというのが、維新のやり方であり、考え方だ。維新は、ずっと一貫して定数削減を主張してきた。それを「そんなことを言っても無理に決まっている」と重視しなかったのは、マスコミである。今回の政策協議で、マスコミは維新の野武士集団の凄さを知ったのではないか。大阪以外の人間も、なぜ維新が大阪で支持されるのか、その原因をやっと知ることになるだろう。彼らは、常に本気なのだ。
さてどうなるか、これから「高市劇場」のはじまりだ。
コメントを残す