3月28日の教育新聞に、「働き方改革『これ以上、何をすればいいのか』 停滞期の乗り越え方」という記事が掲載されていた。興味深く読ませてもらった。詳しくは、記事を読んでもらえばいいのだが、記事に掲載されていたこの図がわかりやすいので、掲載させてもらった。簡単に言うと、教員の働き方改革を進めるために、校内にICTを導入したり、システムを変えたりしたのが初期の段階だ。そうすると、教員から「新しい体制に慣れるのが大変」「ICTを使いこなすのが大変」という声があがって、働き方改革を進めなければならないのに、教員の中に停滞感が生まれたというのである。

ある学校でこれを打破しようとして、講師に教育新聞「オピニオン」執筆メンバーで、ベネッセ教育総合研究所教育イノベーションセンター主任研究員の庄子寛之氏を招き、校内研修を行った。以下、記事の引用である。
庄子氏が同校を訪れた際、教職員の雰囲気を見た上で、研修のメインに据えたことは、働き方改革についてではなく「何のために働いているのか?」を全教職員で対話する時間だった。新田校長は「庄子さんの問い掛けは衝撃だった。校内では絶対にやらない研修だった」と振り返る。西野教諭も「空気が一変した。互いの思いを伝え合うことで、一つ壁を越えられた感じがあった」という。それ以後、教職員は「実は○○なんですけど……」と、不安や苦手もオープンに出来るようになっていった。また、大下教諭は「それまで対立するような空気もあった中、庄子さんに『みんな子どものことを思っているよね』という、共通する思いを見つけてもらった」と語る。そして、「背中を押してもらった」と話すのは伊藤教頭だ。「庄子さんの『まずやってみる。やってみてダメなら戻ればいい』という言葉が印象的だった。」
庄司氏は、何を語ったのか。それは、私も教職員に語るときに大事にしていた「WHY」である。物事を成功させるためには、WHYを語らなければならないということだ。つまり、なぜ、これを行うのかの目的を語り、そして目的を共有することなのである。庄司氏は、教員の雰囲気を敏感に感じ取り、原点に返る「WHY」の大切さを語ったのだろうと思う。それまで、何かと対立関係になりがちだった教員関係も、実は「子どもの事をみんな第一に考えている」という共通理解が得られたのである。そうすれば、「子どものためにどういう働き方改革をしなければならないのか」という共通目標が生まれる。これが、WHATである。WHYの共通認識がない中で、WHATを言われると、それは押し付けのように受け止められる。そして、手段としてのHOWが、手段ではなく目的化してしまうのだ。そうすると、冒頭のような停滞期が発生してしまう。
改革を進める時、推進者の頭の中には、「なぜ行わなければならないの?]というWHYはすでに解決してしまっているのだ。だから、WHATとHOWを語ってしまう。そうすると、WHYが解決しない人にとっては、「なぜ、やらなければならないの?」という問題が浮かび上がってしまう。だから、物事を始めるには、WHYから始めなければならないのだ。
実は、この考え方は、サイモン・シネック著の「Start with Why」に記されている。なかなか面白い本なのでぜひ読んでみてほしい。
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