オリンピアンは良い教師になりうるか?

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 9月13日の読売新聞に、オリンピアンを従来の公立学校の教員数の枠を超えて採用できるよう財政措置するという記事が掲載されていた。目的は、世界の大舞台で活躍した経験や知識を、授業や部活動指導などに活かしてもらうことらしい。貴重な体験を生徒に直接伝えられることは良いことだろう。また、オリンピアンに直接体育の授業を習うのも貴重な体験だ。生徒たちにとっても、良い経験になることは間違いない。ただ、懸念もある。

 懸念その1。トップ選手は、素晴らしい指導者・教育者に成りうるかという問題だ。これは、プロ野球でもよく言われることで、名選手が名監督になりうるかというと、そうであるとも言い切れないのである。サッカーでもラグビーでも同じようなことが言える。トップを極めた選手は、血がにじむような努力をした選手もいるだろうが、ある種の才能に恵まれた選手もいる。もっと言うと、「血のにじむような努力」を継続できることもある種の才能だ。公立学校には、様々な生徒がいる。オリンピアンの経験が生きることも有るだろうが、それよりもトップを極めようと努力したが、極めることが難しかった選手の方が、教員に向いているように思う。いくら努力をしても、トップを極められなかった経験や、挫折を乗り越えた経験の方が、生徒の心に届くだろう。生徒の気持ちに寄り添うこともできる。公立学校の子どもたちの、圧倒的多数はトップを極めることが難しいのだから。そして、今の全中やインターハイのシステムでは、圧倒的多数が敗者になるシステムなのだから。

 懸念その2。記事には、ロンドン五輪でフェンシングの日本代表になった池端さんが保健体育の高校教員として教壇に立つことが紹介されていた。池端さんがどれだけマルチの才能を持っているかは知らないが、一芸を極めたオリンピアンが、他のスポーツのスポーツをどこまで指導できるのかは、未知数だ。例えば、池端さんは、球技ができるのか、ダンスができるのか、水泳ができるのか、という問題がある。教員という仕事は、一芸だけに秀でているだけではダメで、マルチにいろいろなことが出来ないと通用しない。オリンピアンにクラス担任はできるのか、不登校の生徒の対応はできるのか、様々な課題があるのだ。結局、オリンピアンとしての実績や才能を活かすことが出来ずに終わってしまうということにもなりかねない。

 教員数の枠を超えてオリンピアンを採用する経済的措置を行うならば、オリンピアンを講師として招き、講演会、体験会、相談会、などを設ける方が、オリンピアンにも生徒にも良いと思うのだが、どうだろうか?


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