1月1日の新聞


 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 さて、私の元旦の恒例の行事は、新聞各社の社説を読むことです。読売、朝日、毎日、産経の社説を読むことにしています。理由は、日本を代表するマスコミがどのような主張を年度当初にするか、日本のマスコミがどのように今年を捉えているかを理解するためです。読んでみて、面白いなと思ったのは、読売と毎日の社説が微妙に似ている点です。読売は「コモンセンス」をキーワードに、毎日は「人間」をキーワードに社説を書いていました。2023年は、2022年から始まったウクライナ戦争に加え、ガザで悲惨な紛争が勃発し、民間人の犠牲者がこの上なく発生しました。両社説も「国家を乗り越えて、共に人間として、連帯していこう」という論調になっていました。
 おそらく、この背景には、長引くウクライナ戦争、ガザの紛争を止められない国連安保理、アメリカのダブルスタンダードといったものへの失望感があると思います。国家に頼るのではなく、互いに人として憎しみや怒りを乗り越え、互いに理解していこうということだと思います。朝日新聞も、社説の最後には、戦争はいったん始まると止めることが困難であること、そして、いきなり戦争が始まるのではなく、その前には国家間や宗教や人種や民族などの対立や憎悪が生まれていることを指摘しています。確かにその通りだと思います。
 
 さて、私が2024年に言いたいことは何だろうと考えました。ひとつは、民主主義を守るということ、そしてもう一つは多様性を認め合うということかと思います。この二つについては、このブログでテーマを変えつつ、ずっと述べてきたことだと思います。この二つは、とても難しいことなのです。多様性を認めることの大事さは、塩野さんの「ローマ人の物語」で学びました。カエサルの統治の素晴らしさです。そして、今、「ギリシャ人の物語」でペリクレスの素晴らしさを学びました。ペリクレスの武器は、権力でも金でもありません。それは「言葉」なのです。人々を勇気づける、そして希望を抱かせる「言葉」。このことが民主主義の根底にあるのだと学びました。

 2024年は、選挙イヤーです。1月には台湾総統選があります。今年ほど、民主主義が問われる年は無いのかもしれません。日本もいつ総選挙があるかわかりません。投票という権利を国民が行使することで、日本の政治を正していくことが大事だと思います。これほどの政治疑惑があるのです。それも安倍1強を支えてきた清和政策研究会に。大きく政治が変わらなければ、同じことがまた起こるでしょう。政治家も「この程度の国民だ・・・」と国民を下に見るでしょう。「選挙で当選したから禊が済んだ」と思わせてはいけません。「国民を馬鹿にするな!」と声をあげるべきだろうと思います。

 さて、今日、家の前にある西代神社に参拝に行きました。おみくじを引くと「大吉」でした。去年、加東市の佐保神社でおみくじを引くと「凶」でした。正月にしては珍しい結果だと思っていたら、やはり「凶の年」となりました。親父の入院、離職、引っ越し、そして転職、収入の大幅減と今までの人生で最大の危機が訪れた年でした。今年は、親父も老人ホームで落ち着き、元旦の昼から一緒に墓参りに行こうと約束をしています。

 2024年、色んなことが「凶」から「吉」へ、そして「大吉」になってくれることを望むとともに、この好き勝手なことを書いているブログを訪れてくれる全ての人にとって、幸せな年になることを願っています。


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