2月3日の読売新聞の教育欄に「教育の課題(上) 衆院選2026」が掲載された。見出しは、「高校無償化 公立離れの副作用も」である。記事では、東京都の受験塾の動きが紹介されていた。保護者の高校授業料の負担が減ったことにより、私立中学の受験が増えているというものである。こういう流れが起こるのは、当然だろう。以下、記事には書かれていないことに触れたい。
第一に、私立高校の教育の質の問題である。私立高校は、各都道府県の管轄下にあるが、公立高校よりもその自立性が担保されている。教育内容の特色化を進めやすいのである。その一方、学校に問題が発生した場合の指導管轄についても、同様の自立性が担保されている。例えば、昨夏から私立のスポーツ強豪校に発生したいじめ事案、暴力事案である。この事案の発生の背景には、強豪校を謳って大量の生徒を獲得するという私立学校の経営方針がある。その結果、部員数が100人を超えるような部が発生し、1軍~4軍などまであるというヒエラルキーが部内に発生する。そのことが、いじめや暴力事案の発生の温床になっているのだ。
このような不祥事を産み出すような体質がある私立高校にも、国民の税金を投入して、私立の経営を助けて良いのかという問題があるのだ。すでに私立大学への私学助成については、経営や教育内容に問題があるとされた大学への助成をストップするという事は行われている。同じように、私立高校にも同様の制度設計が必要だろう。
第二に、高校授業料無償化により私立高校への受験増という現象が起こり、公立高校の定員割れが発生するという問題だ。すでに全国に先駆けて、高校授業料無償化を実施している大阪府では、25年度入試で公立高校の半数が定員割れを起こしている。大阪府教育庁は、少子化も見越して、30校程度の府立高校の廃校を計画しているのだ。元々、この高校授業料無償化の話は、大阪維新の会が「公私における切磋琢磨」というスローガンを掲げて進めた政策である。
ところが、この切磋琢磨は平等な土俵で行われていない。最大の切磋琢磨は、生徒獲得競争で起こるのだが、私立高校の受験が公立高校の受験に先行して行われるために、「私立高校優位」という現状になっている。私は、10年前から「公私の同時受験」を提唱している。公立高校と私立高校が切磋琢磨して、公立高校だけが高校教育から撤退していくようなシステムはおかしいという事だ。平等に切磋琢磨する制度の中で、保護者生徒から選ばれる学校が生き残っていくシステムにしなければならない。
第三に、公立高校の弾力化の一層の推進である。現在検討されている次期学習指導要領でもカリキュラムの柔軟化が検討されているが、更なる弾力化が必要だ。私立高校並みの自立した学校経営が可能になるように、様々な規制を変えていく必要がある。と言っても、システムを変えても、それを活用できるだけの人材(特に管理職)が必要なのだが。
以上、3点について言及した。特に1点目と2点目については、どの政党もどの専門家も語らないが、私は重要な点であると考えている。

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