4月21日の読売新聞の3面に大きく取り上げられていた。文科省中央審議会特別部会の素案についてである。タイトルは「教員待遇改善へ一歩」「人材確保へ『業務減」望む声」である。そもそもこの特別部会の名称は、「質の高い教師の確保特別部会」である。つまり、教員を志望する若者が減少し、教員試験の倍率が下がり、またそれ以上に定員の確保さえできていない学校が多数に上るからである。そのため、教育現場は、多忙の上に多忙を極め、教育の質の低下が自助努力ではどうしようもない状況に陥っているからである。この状況をどのように打破するのかということを審議するのがこの特別部会の目的であった。それならば、なぜ教員を志望する若者が減少しているのか、着任した若い教員の定着が困難なのか、という原因をしっかり把握して、その対策を打つということになる。中原教授が指摘するように、その対策が、4%→10%の教職調整額の引き上げではないし、若手教員の相談相手、指南役の主任教諭の導入でもないのだ。
今、多くの職種で人材不足に陥っている。そのため、民間企業は人材確保に躍起になっている。その手立てには、大きく二つの傾向がある。一つは給料面の待遇の向上である。新任社員の給料をアップすることで人材を呼び込もうとする動きである。ところが、「ブラック職場」「ブラック会社」や「過労死」という問題が表面化する中で、給料面での処遇改善だけでは人材が集まらないというのが、求人業界の常識になっている。だから、「休日〇〇〇日以上」とか、「ワークライフバランス」とか、という個人の生活と仕事を両立させ、仕事も個人の生活も充実できる職場というキャッチフレーズになっているのだ。これが、人材確保に関するトレンドである。ネット上では、「定年まで教員続けますか?」という言葉まで出てくるようになっている。
このことを考えると、今回の特別部会の解決策は、如何にもバランスが悪い。長年放置されてきた労働時間に見合わない4%の調整額がアップされたが、そのことによって人材が確保されるとは到底思えない。「ちょっと給料高くなったよね。でも世間並みだよ。民間は同じ給料でももっと待遇がいいんだ」と若者は判断するだろう。つまり、教員の業務を減らすということが最も重要なことになる。そこで、私が勤めていた国立系附属中学校の例を挙げよう。
朝、8時過ぎに多くの教員は出勤する。役の付いている先生は、もっと早く出勤する先生もいる。校長であった私や教頭は7時前後に学校に到着していた。出勤した教員は、さっそく登校する生徒たちの見守りと指導に当たる。この時間、時間外である。そして、授業が始まる。もしかして未だに教員は授業だけしていると思っている保護者がいるとすると、余程世間知らず、いや、学校知らずである。教員は授業の合間に様々な会議をしている。学年会議・分掌会議・教科会議等である。そして、その会議のための資料作りも当然行っている。小中学校では給食が出る。担任は、教室で生徒と一緒に給食を食べる。しかし、これは休憩時間である。本来は、業務を離れ、休憩する時間であるが、担任には休憩が無い。高校は、給食が無いので、昼食は各自が職員室や食堂で取るが、やはり昼休みは生徒対応に追われる。そして、授業が終わり教室の清掃のあと、教員は職員室に戻ることができる。いや違うのだ。すぐさま、クラブ活動の付き添い、指導をするために座るまもなく職員室を出ていくのだ。部活が終了して、生徒が下校する。そして、その生徒が完全下校する時間が、勤務の終了時間になるのだ。ここからが教員は自分の仕事(教材研究や会議に向けた仕事)ができる時間になる。いや違う。1日の各学年・各クラス・各クラブで起こった様々な事象の情報共有を行い、どのように対応するのかの話し合いをすることになる。その結果、すぐさま家庭訪問が必要、保護者連絡が必要、明日の朝は生徒にすぐ確認を取る必要がある等、対応を議論して優先順位を決めていく。そして、やっと自分の仕事ができる。いや、違う。できる教員もいるのだ。できない教員は、保護者連絡を行っている。大学から派遣されている職員の方がびっくりしていた。「先生方って、これほど丁寧に仕事をされているのか!」と。少しでも連絡が遅れたり、まずい対応をすると小さな問題も大きな問題に発展するというのが、学校現場なのだ。昨日、紹介した内田良氏編著の「いじめの対応の限界」の第5章・第6章に登場した先生も同じことを語っている。国立大系附属中学校の問題だけではないのだ。勤務時間が終了し、打ち合わせが終わり、やっと自分の仕事ができるようになる。仕事の終了は、勤務時間終了から2時間後、3時間後になるのが当たり前というのが中学校の実態なのである。だから、読売新聞のタイトルのように、「「人材確保へ『業務減」望む声」ということになるのだ。
中学校の業務の中で、一番業務改善のターゲットになるのが、部活動ではないかと私は思っている。部活動指導員の派遣・充実である。ところが、この部活動指導員の処遇についての問題があり、中々全国に広まっていない。うまくいっているところは、研究校、研究市としての援助のあるところである。4%を10%にするぐらいなら、部活動指導員が確保できるように資金援助することも考えたらどうかと思う。私がこのように考えるのは、銀行の業務を参考にしているからだ。銀行の窓口業務は、15時に終了する。なぜ、15時に終了するのか。1日に扱ったお金の清算を行うからだ。そのための時間を確保するために、銀行の窓口は、15時で閉まる。今、私が勤めている学校でも学校は17時で閉まるが、お金の取り扱いは16時で終了だ。だから、学校も同じようにすればよい。授業が終了し、終礼・清掃が済めば、生徒は部活動指導員に引き渡す。そして、教員は1日の教育活動の整理と自分の仕事の時間に充てる。そうすれば、勤務時間内に仕事を終えることができる。終えなくても、勤務時間終了後、1時間以内には仕事を終えることができるだろう。ただし、このシステムで問題なのは、保護者対応である。保護者の理解が得られなければ、結局のところ教員は保護者に連絡が着くまで業務を離れることはできない。一時期、「モンスターペアレンツ」という言葉が流行った。今はそれほど言われなくなった。なぜか。多くの保護者が「モンスターぺアレンツボーダー」にいるからだ。これも紹介した本に詳細に書かれている。内田教授はこのような保護者がいることに驚いているが、何も驚く必要なない。学校では当たり前にやっていることなのだ。
結局誰も何もわかっていない。そして学校は崩壊し、教育は崩壊し、日本の力は低下していくのだろう。
あなたたちは、このことに加担した。自分の罪の重さを知った方が良い。
秋田 喜代美 学習院大学文学部教授、東京大学名誉教授
荒瀬 克己 独立行政法人教職員支援機構理事長
植村 洋司 中央区立久松小学校長、全国連合小学校長会会長
金田 淳 公益社団法人日本PTA全国協議会会長
熊平 美香 一般財団法人クマヒラセキュリティ財団代表理事
齊藤 正富 文京区立音羽中学校長、全日本中学校長会会長
貞広 斎子 千葉大学教育学部教授
戸ヶ﨑 勤 戸田市教育委員会教育長
橋本 雅博 住友生命保険相互会社取締役会長代表執行役、一般社団法人日本経済団体連合会教育・大学改革推進委員長
そして臨時委員のあなたたちもこの素案に加担したのだ。
青木 栄一 東北大学大学院教育学研究科教授
鍵本 芳明 岡山県教育委員会教育長
金子 晃浩 日本労働組合総連合会副会長、全日本自動車産業労働組合総連合会会長
川田 琢之 筑波大学ビジネスサイエンス系教授
澤田 真由美 株式会社先生の幸せ研究所代表取締役
妹尾 昌俊 教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事、学校業務改善アドバイザー
露口 健司 愛媛大学大学院教育学研究科教授
西村 美香 成蹊大学法学部教授
藤原 文雄 国立教育政策研究所初等中等教育研究部長(併)教育政策・評価研究部長
吉田 信解 埼玉県本庄市長、全国市長会社会文教委員長
善積 康子 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社主席研究員
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