生徒会選挙に生成AI?


 生成AIが普及して、学校現場にも生成AIを活用することが浸透しているようだ。例えば、志望動機の作成等には頻繁に使われている。そして、生徒会の立候補声明の作成なども生成AIを活用するケースがあると耳にした。最初は、「フーン・・・」という感じだったが、少し時間をおいて考えてみると、「これはよろしくないだろう」と思うようになった。参考にする程度なら良いかもしれないが、AIに丸投げしているとしたら、よろしくない。

 おそらく生成AIを活用して作成した立候補声明文は、素晴らしいできなのだろう。自分のアイデアをもとにAIに頼めば、それらしい声明文が作成されると思う。しかし、出来上がった声明文は、やはり他人(AI)が作ったものだ。その声明文を暗記するようにいくら練習しても、自分のものにはならない。私は高校生相手に大学受験の面接練習をしているが、そのときでも暗記してきた志望動機はすぐに破綻する。スラスラ言えても、ほんの少し突っ込んだ質問をすれば、「ウッ」と詰まるのだ。所詮、他人が作ったものなのである。生徒会の立会演説会でも一つ、二つの質問の機会を設ければ、声明文の内容が本物かどうかはすぐにわかるだろう。

 二つ目に言いたいことは、生成AIを活用すれば、「産みの苦しみ」を経験しないという事だ。「産みの苦しみ」というのは、「0→1を産み出す苦しみ」である。しかし、この苦しみこそ、人が人たる所以であり、人を最も成長させる営みである。おそらく生成AIを活用すれば、10段階中、8か9まで出来上がるのだろう。あとは、AIが作った内容を少し手直しするか、鵜呑みにするかという事になる。ましてや10代の若者が生成AIを活用すれば、AI以上のものを産み出すことが難しいのは当然だ。鵜呑みにするしかない。そうすれば、「創造する」という営みを人間から奪ってしまうことになる。これは、教育上、とてもよろしくない。探究活動を重視しながら、その一方で生成AIの活用を推進すれば、アクセルとブレーキを同時に踏むことになるが、いずれ探究もAIに取って代わられるかもしれない。そうすれば、人間がAIにはできないと言われている一つの分野、創造性というものが育たない。

 言わずもがなの事であるが、生成AIは、「0→1」を産み出さない。今まで人類が積み上げてきた英知を検索して、最善のものを提示するのだ。個々の人間は不完全なものであるので、生成AIが作成したものは完璧な「創造物」のように見えてしまう。まるで「全能の神」と「個々の人間」との関係のようだ。中世の時代、人間は神に支配され、信仰することにより、自ら悩み考えるという事を放棄してきた。それをルネサンスで人間の創造性を取り戻したのである。

 生徒会の立候補声明文までAIで作成するとなると、中世の時に神に支配されたように、21世紀は、もしかしたらそれ以降も人類はAIに支配される暗黒の世界を迎えるかもしれない。まるで映画マトリックスの世界だ。


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