3月8日の読売新聞人生案内に「成績不振 やる気引き出すには」というタイトルで、東京都の40代の男性から相談が寄せられていた。相談内容は、高校の息子の成績が一向にあがらないがどうすれば良いかという相談である。ただ、学校の先生の受けはよく、無遅刻無欠席で、クラスのムードメーカーということだ。相談の男性も「コミュニケーション能力も高いということは親としてもうれしくあります」と息子を評価している。
これに対して、有名なスポーツ解説者の増田明美さんが、次のように答えている。
「遅刻も欠席もなく、提出物の忘れものもなく、クラスのムードメーカーにもなっている。素晴らしい息子さんじゃないですかぁ」
「『テストの点数』という枠の中にはめ込んでしまうと、良い部分が育ちませんよ。やる気のスイッチは、本人の自主性から生まれるもの。息子さんがすきなものに出会うのをまってみてはどうでしょう」
とアドバイスしている。
半分あたっていると思う。確かにテストの点数という尺度だけ子どもを判断するのは良くない。子どもの良いところを伸ばしてやることが大事だ。だからと言って、勉強にやる気を見せない今のままで良いのかというと、そうでもない。この増田氏のアドバイスは、半分には答えているが、もう半分には答えていないのだ。その半分とは、相談者が答えを求めている子どもの「やる気スイッチの入れ方」である。
わたしなら、子どもにこのように言う。「お前は、将来何で飯を食っていくのか」である。人間だれしも大人になれば自分で飯を食っていかなければならない。例えば、結婚して子どもができたとしたら、家族を養っていかなければならないのだ。その稼ぎをどのようにするのかという問題だ。また、結婚するかしないか、子どもを持つか持たないかに関わりなく、いつかは自分で食べていかなければならないのだ。これは極めて本質的な問題なのだが、あまり学校教育では言わない。「先生、なぜ勉強しないといけないのですか?」という問いに対しては、「飯を食うためだ」が最も本質的な回答なのだが、この質問に答えられない教師も少なくない。
人は大人になってどのように稼いでいるかと言えば、その手段は「頭と心と技」なのである。それぞれの職業は、この三つの要素が絡み合い、そして軽重をつけながら成り立っているのだ。
例えば、看護師。最初に思いつくのは、やはりホスピタリティという心だろう。しかし、それだけで看護師の仕事は成り立たない。医学についての基礎知識が無ければならず、医療についての技術が無ければならないからだ。いくら優しい看護師さんでも注射が下手な人は嫌だし、自分の症状を質問しても「わかりません」ばかり言う看護師は信用できない。
このように考えると、この息子さんには、「お前は将来何をして飯を食っていこうと考えているのだ」という話をする時期なのではないかと思うのだ。学年は書いていないが、3年生ではないだろう。1年か2年である。それならば、父親として社会の事を語り、飯を食っていくためにどのような事をしなければならないのか、そのことを語る必要がある。この相談者の男性は、公務員である。公僕としての使命、公務員になるための試練について話しても良い。やってみたい仕事を一緒に考えることも大事ではないか。そうすることで、息子さんの心に響く何かに出会うかもしれない。それが親の務めだと思う。

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