年明けから読売新聞で「共生のかたち」が連載されている。高市政権が、「排外主義とはならない移民政策」を打ち出し、今までの移民の受け入れとは一線を画している。この高市政権のメッセージは、日本に在住する外国人に不安をもたらし、日本から他の国への移住や母国に戻る外国人がいるという。このような中で、読売新聞の連載は意味深い。
1月6日の連載記事は、外国にルーツをもつ子どもたちの話だ。都道府県別の「日本語指導が必要な児童生徒数」が示されていた。それが、下のグラフだ。

愛知県、神奈川県、東京都、大阪府など都市部が突出しているが、それに比して地方では極端に少ない状況だ。青森県つがる市では、初めてベトナム国籍の小中学生の兄弟を受けいれたという。ノウハウがない学校は、弘前大学に援助を求めた。
日本語指導が必要な児童生徒は、多様化している。02年度は、ポルトガル語やスペイン語を話す児童生徒の割合が、49.8%であったが、23年度は、27.2%に減少したという。その代わり、フィリピノ語やベトナム語が大きく伸びたほか、ネパール語やウルドゥー語、モンゴル語など少数派言語の割合が高まっているらしい。大阪市内のコンビニに入っても、ネパールから来た店員さんに出会うこともよくあることだ。
また、同じ国から来た児童生徒でも日本語能力は、千差万別だ。個別指導が必要になる。記事にも「個別指導計画が必要」と指摘されていた。まさに「母国の多様化」×「日本語能力の多様化」状態なのだ。学校現場の負担はかなり大きいと思われる。現状は、各自治体が、NPOや大学との協力体制を組むことで何とかやっているようだ。東京学芸大の佐藤郡衛名誉教授が指摘しているように、「国は自治体や学校任せにせず、明確な方針と政策を持って対応する必要がある」のだ。
もう一つ、重要な指摘があった。不十分な小中学校以上に、高校が支援の空白になっているというのだ。中退率は、高校生全体のそれが1.1%であるのに対して、8.5%と異常に高い。大学・専門学校等への進学率も46.6%と、高校生全体の75.0%に比して、かなり低い。私の勤める通信制高校にも外国籍の生徒が通っている。
このシリーズにあるように、日本は外国人と共生していかなければ立ち行かなくなっている。欧州のように際限なく受け入れることは問題だが、きちんと日本の中で法と文化を守り、日本の発展に寄与している外国人は大切にしなければならない。外国人を労働力とみている間は、共生はできない。「共に日本で生活する協同者」とみなければならない。そのための施策をきちんと打ち出すことが重要だ。
高市政権も、移民に対して「秩序ある」という枕詞だけではなく、「共に生きる」という枕詞を掲げてほしい。

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