何のための中教審審議?


 4月7日にデジタル教材を正式な教科書にするための学校教育法改正案などを閣議決定し、政府は国会に提出した。このことに関して、4月8日の読売新聞は、3面に大きく記事を掲載した。読売新聞は以前からデジタル教科書の導入に疑問を呈していた。今回も記事の内容については、今までの疑問・課題を述べている。

 これから国会では議論が始まる。国会では、超党派の国会議員の活字文化議員連盟から、「様々な懸念が出ており、国会における熟議が求められる」という声が上がっているようだ。熟議を期待したい。
 また、文化人や教育関係者らでつくる「活字の学びを考える懇談会」が、冊子「『デジタル教科書』を問い直す~危ぶまれる子どもたちの思考力~」を発行した。これらの提言内容を国会で十分に取り上げてほしい。

 今後のデジタル教科書問題は、ガイドラインの作成の段階になる。今月の10日に有識者会議による検討会議の初会合を開き、今秋の策定を目指すという。このような検討会議を開催するなら、昨年の中央教育審議会の議論は何だったという事になる。読売新聞の記事にも中教審の作業部会の議論を「デジタル推進ありき」と評している。私も議事録を読んでいたが、デジタル教科書への懸念については、一応文科省官僚の事務局から報告はあったが、一顧だにされなかったと記憶している。というのも委員の大半がデジタル教科書の推進派だからだ。これでは、何のための中教審かわからない。審議するから中央教育審議会なのだ。この検討会では認知科学や発達心理学などの専門家も入っているので、デジタル教科書運用に関して、慎重に進めるガイドラインを作成してほしいものだ。

 しかし、もうこのような事務局の言いなりになるような審議会は不必要だろう。審議をするなら、賛否両論の意見を持つ委員で構成し、しっかりと論点整理を行い、エビデンスに基づく議論をしてほしい。この中教審での議論も制度疲労を起こしているように思う。きちんとした議論が必要なものは、新しいスタイルで侃々諤々の議論を展開するような審議の場が必要ではないだろうか。


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