3月11日の卒業式の日、卒業生を祝うという趣旨から、給食に赤飯が計画された。献立を見た住民から「私は身内を震災で亡くしており、どのような経緯でこの赤飯が計画されたか聞かせて欲しい」という電話が入った。このことを受けて、教育委員会は、2100食の赤飯を廃棄したということが起こった。これについて考えてみたいと思う。
まず、第一に考えるのは、なぜ3.11という未曽有の災害をもたらした日に、卒業式を設定したのかということだ。いわき市も含め、東北の人たちにとっては、この日は特別な日である。わざわざ卒業式をぶつけなくても良いだろうと思うのだ。というのも、卒業というめでたい人、鎮魂という震災の日は真逆の性格を持つもので、せめて1日でも卒業式をずらすことを計画段階で考えなかったのかと思う。
学校の年間計画というのは、1年前の3月の時期にはほぼ決まっている。そして、この計画を作成する段階では、卒業式という市内共通の公立中学校の行事については、校長会や教育委員会での議論を経て決定されるものだ。と考えると、この時点で多くの教育行政や学校経営に関わる責任者が、震災と卒業式というものに思いが至らなかったのかと思う。
更に、クレームの内容は、「けしからん!」というものではない。震災被害者からすれば、鎮魂の日におめでたい赤飯を献立にすることに違和感を持ったので、「どういう経緯ですか?」と尋ねたものであり、廃棄までを要求する強いクレームではない。「以後は気を付けてください」という要望だ。この意見には、本当に真摯に向き合うべきだろう。だとすれば、すでに赤飯の献立を計画したいわき市教育委員会、そして校長会はどうすれば良かっただろうか?この意見に真摯に向き合うとすれば、当日、震災で犠牲になった方々へ想いを馳せる場を設けたり、給食の前に、黙とうを捧げるというようなことをすれば良かったのではないかと思う。私が現場に関わっているなら、こんな日に卒業式を設定したということへの猛烈な反省と共に、食品ロスを避けるためにも、そして指摘に真摯に向き合うためにも、鎮魂の場を設けるだろう。
いきなり、2100食の赤飯を廃棄したのはいかがなものかと思う。様々な観点から異論が出るだろう。鎮魂の場、卒業式の日の設定、食品ロス、という観点である。もう少し、懸命な判断を1年前からできなかったものかと思う。

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