2月16日の東洋経済education×ICTに、「12年連続で不登校が増える日本、小・中・高の教育システムがもはや『限界』説…戦後から続く6・3・3制は『アメリカの実験台』か?」というタイトルで、歴史学者、濱田 浩一郎氏が寄稿していた。詳しくは、下記リンクのURLから読んでほしい。
https://toyokeizai.net/articles/-/933904?bdmlc=MTAwMjM3XzQ0OTg4XzE0NTE1NjY1XzE&bdl=2
濱田氏の主張を要約すると、
・増え続ける不登校児童・生徒の問題は、戦後に教育の機会均等を目的として導入された「6・3・3制」が制度疲労を起こしているから
・この制度のせいで、同調圧力が強まり、この圧力についていけない子どもたちが不登校になっている
・この「6・3・3制」はアメリカが日本を実験台にして試した制度であるという説があるが、実はすでにこの制度はアメリカでは導入されており、「日本が実験台」とは言えない
・不登校児童・生徒の受け皿として、フリースクールやナラティブスクールがあるが、「6・3・3制」から外れて、このようなスクールに行ったとたん、制度の恩恵を受けられなくなる。だから、「6・3・3制」に加えて、これらのスクールも正規の学校制度として認めるべき
というものだ。濱田氏が言うように、確かにフリースクールなどへの支援は強化しなければならないが、果たして「6・3・3制」が不登校の原因といって良いのだろうか。私は、「6・3・3制」というよりも、日本の学習と学校生活を同じ空間で過ごすクラスという制度が、不登校の原因になっていると考えている。
どういうことかというと、日本の学校教育は、学習を行う場だけではなく、クラスという集団生活を行うことによって、徳育を行う場でもあるからだ。一旦、同じクラスになれば、最低1年間は同じクラスの同じ人間関係の中で過ごさなければならない。この頃は、少子化の影響で、1学年1~2クラスの学校も多く、一旦固定した人間関係は容易に変化しない。固定化した人間関係の中で、ある一定の役割を求められ続けることで、精神的にしんどくなるというのは、大人でも起こりうることだ。ましてや小学生・中学生である。人間関係の構築について未熟な子どもたちの集団なのだ。このしんどさは、大人の比ではない。
さらに言うならば、家庭でも一人っ子、多くて二人兄弟姉妹という状況があり、私の親世代のように多兄弟家庭というのはほとんどないと言える。そういう家庭で育った子どもは、親の庇護のもとに幼少期を過ごし、家庭で兄弟姉妹の軋轢の中で、自然と人間関係の在り方を身に着けるという機会を奪われているのだ。そんな経験しかしていない子どもが、小学校に行くといきなり多人数の中に放り込まれるわけだ。これでしんどくならないことがおかしい。
さて、どうするか?濱田氏の言うように確かに日本の教育制度が制度疲労を起こしているのは確かだろう。しかし、どこに制度疲労を起こしているかと言えば、「6・3.3制」ではなく、「クラス制度」である。このクラス制度を学校生活の基本とすることを緩和してはどうかと思うのだ。いきなり欧米式にすれば、混乱が生じる。しかし、クラスでの役割当番や日直などを緩和しても良いのではないか。更に、運動会やスポーツ大会などのクラスを基本としている行事についても、もっと緩和しても良いのではないかと思うのだ。
行き着くところは、徳育については家庭で行う事、学校は学習を行う所という役割分担がはっきりしてくれば、不登校の問題も解決に向かうのではないか。更に、保護者からのクレームも減少し、教員の働き方改革も進むように思う。
とは言っても、なかなかハードルは高いのも事実だ。

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