3月21日土曜日に放送された山田よねを主人公にした「虎に翼」のスピンオフを観た。東京大空襲から話が始まり、轟と共に弁護士事務所を開くまでの話だった。土居志央梨さんが演じる山田よねは、本編放送中からも注目されていた人物だけに、注目してこのドラマを観た。
舞台は、戦後の混乱期をものの見事に描いていた。底辺で生活する人々の必死な生き様が描かれていたと思う。米軍兵士を相手に売春商売をする女性たち。よねの姉もその商売をしていた。そして、非業の死を迎える。日本で虐げられて生活していた在日朝鮮人たちの姿。日本が戦争に負けたことによる解放感と生活苦も描かれていたし、被差別部落の人の苦悩も描かれていた。これだけ差別され、虐げられた人たちの視点から描かれたドラマも珍しい。やはり、山田よねという人物の視点から描いているからだろう。
山田よねという人物の生き方は、とてもしんどい。世の中の不正、理不尽、不道理が許せないのだ。「私は、怒りたくて怒っているのではない。世の中が悪いのだ」という彼女の叫びは、まさに彼女の生き方そのものだ。浮浪児たちが言うように、「この人、口は悪いけど、優しいよ」というのも山田よねの持つ本質的なところである。
彼女は、日本国憲法第14条「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」を心の支えとして生きていく。どうせこの世に腹を立てるなら、怒って立ち止まるのではなく前を向こうとするのだ。
山田よねの生き方に共感するところは、多分にある。私もよねほどではないが、理不尽なことは許せない方だし、闘おうとしてしまう。「してしまう」という言い方をするのは、その生き方がとてもしんどくて、辛いからだ。よねも要領よく世の中を渡り歩く事より、自分の信念を貫こうとする。私も世渡りがうまい方ではない。追従も不得手だし、ついつい言わなくてもいいことを口にしてしまう。不条理が許せないのだ。
よねは弁護士試験に合格し、弁護士という武器を手にする。私は教職という道を選んだが、果たしてこの道で良かったのか。他の選択肢は無かったのかとついつい考えてしまう。私が教職を選んだのは、母親の影響だ。身体が弱かった私が、到底民間企業では働けないだろうと、休みが多いと当時信じられていた教職を志させた。今では、民間よりも教職の方が大変だ。よねのような生き方をするためには、教職という武器は、あまりにも脆弱だ。脆弱な武器を手にして、自分の信念を曲げずに生きていくことはかなりしんどいと、この年になってやっと気が付いた。

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