「ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか」ー高橋杉雄編著


 本当は、9月の3連休に読み終える予定だった2冊目、「ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか」(高橋杉雄編著 文春新書)をやっと読み終えた。非常に、よく整理された本であると思う。
 第1章のロシア・ウクライナ戦争はなぜ始まったのかでは、この戦争は、ロシア・ウクライナ双方のアイデンティティに関わる戦争であると定義されている。東ドイツのベルリンの壁が崩壊し、ソ連が崩壊したあと、東側諸国には二つの選択肢があった。西側の民主主義陣営に加わるか、それともロシアとの関係を維持し、旧東側陣営と関係の継続を維持するかである。その結果、多くの旧東側諸国は、西側諸国に帰属すること、具体的にはEUへの加盟やNATOへの加盟を選択したのである。ところが、ロシアのプーチン大統領は、逆のことをめざした。旧ソ連の復活を模索したのである。拡大するNATOに対して「脅威」と受け止めた。そして、ウクライナである。ウクライナも親ロ路線で行くのか、それとも親EU路線で行くのか、左右に揺れ動いた。しかし、結果は、親EU路線を選択したのだ。ロシアとウクライナは違う道を選択したのだ。これは、それぞれの国のアイデンティティの問題である。それゆえに、この戦争の終結が難しいというのが、高橋氏の見方である。プーチンの頭の中にある旧ソ連の復活、つまりロシアとベラルーシとウクライナは同じ国であるという妄想が消えない限り、戦争は続くだろうというのである。たとえウクライナが領土を奪還しても、ロシアの指導部がこのアイデンティティを捨てない限り、戦争は長期に亘ると分析する。また、あくまでもこの戦争は、ロシアとウクライナという大国同士の戦争だが、局地戦争であると定義する。戦争を拡大させることを双方、特にプーチンが自制しているというのである。なぜか、戦争を拡大させることにより欧米諸国が直接的に参戦することになると、ロシアが勝利するという計算が成り立たないからだ。これも納得のいく説である。

 このように考えると、エマニュエル・トッド氏が提唱した「第三次世界大戦は始まっている」という考え、この戦争の責任は西側にある、特にアメリカのNATO拡大路線にあるという考えとは、真っ向から対立しているといえるだろう。私もトッド氏の説を読んだが、どうも納得がいかなかった。高橋氏が述べるように、東側が崩壊した後、各国には二つの選択肢があったのだ。ロシアとの関係を維持するか、西側に移るかという選択である。そして多くの国は、西側との関係を選んだのだ。ウクライナも同様である。それを、軍事行動によって踏みにじろうとしたロシア指導部、プーチン大統領に最大の誤りがある。私も同じように思う。

 さて、この戦争の終結に向けたシナリオである。第5章でその検討がなされている。3つのシナリオが検討されているが、いずれも実現の可能性が低いだろうと結論付けている。プーチン大統領およびロシア指導部が、旧ソ連の復活を諦めない限り、戦争の終結は難しいというのが、本当のところである。彼らがいる限り諦めるとは到底思えない。では、どうすれば良いか。ロシアの現政権を転覆するような民主化が起こるか、ロシアという国自体が解体されるかである。言論統制と弾圧が厳しいロシアで、政権の転覆は困難である。もし、今回のアルゼバイジャンとアルメニアとの紛争でロシアの影響力が低下したことにより、中央アジアのロシア離れが加速したら、ひょっとするとロシアの解体に結びつくかと楽観的に考えたりする。本当に先が見えない。戦争は長引きそうだ。こんな状況が続いているうちに、世界は3つのグループにブロック化されつつある。日欧米を中心とした西側の民主主義陣営、中ロを中心とした権威主義国家、そして両陣営に組しないグローバルサウスである。一体世界はどうなるのだろうか

 終章で、日本人が考えるべきことを高橋氏は提案している。そこで、提案されているのは、台湾有事を想定した紛争である。一旦戦争が始まってしまえば、その戦争を終わらせることはとても難しいと指摘する。なぜなら、台湾紛争もアイデンティティに関わる戦争だからだ。中国は以前から台湾について「核心的利益」と何度も主張している。一旦紛争が始まってしまえば、日本も何らかの形で関わらざるを得ない。そうすれば、何が大事か。「戦争を始めさせないことだ」と高橋氏は言う。つまり、戦争を始めて得られる利益よりも損失のほうが大きいと思わせる抑止力である。「日本は憲法9条があるから、他国から侵略されない」などという左翼勢力の頭の中は、お花畑以外の何物でもない。今回のウクライナ戦争は、そのことを充分に私たちに教えている。


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